約 1,629,508 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3481.html
前ページ次ページSnakeTales Z 蛇の使い魔 一段ごとにしなる階段を上っていく。 階段の隙間から、闇夜の眼下に、ラ・ロシェールの街の明かりが見えた。 「命のともし火だな。」 「…私はこれを背負っているのね。」 ワルドとルイズが呟く。 また足を動かす。今度は誰も話さない。 だが、少し変だ。 足音がひとつ…多い。 スネークが後ろを振り返る。 先ほどフーケのゴーレムの上にいた仮面の男が飛び上がり、ルイズの背後に立った。 「ルイズ!」 「え?」 仮面の男がルイズを抱え上げる。 スネークがナイフを引き抜き、切りつける。うまく、仮面の男のみを切りつけた。 しかし、浅い。スネークを蹴り飛ばす仮面の男。 その隙を突いてワルドが風の槌で男を殴りつける。 全身を強打し、ルイズから手を離す男。 しかし、その手放した位置が悪い。ルイズが空中に投げ出される。 ワルドが飛び上がり、ルイズを抱きとめた。 「先に行け!」 スネークが叫ぶ。 ワルドはルイズを抱えたまま、階段へ戻って、走り出した。 スネークが男とワルドの間に割り込む。 対峙する二人。 仮面の男が杖を引き抜いた。 詠唱を開始する男。 空気が冷たく感じる。男が呪文を完成させる。 「相棒!俺を盾にしろ!」 呪文が来る! 盾になるものはデルフしかない。 デルフを引き抜き、盾のように構えるスネーク。 「『ライトニング・クラウド』!!!」 呪文の正体に気がついたデルフが叫ぶ。 空気を裂き、男の体から稲妻が走る。 デルフによって捻じ曲げられた稲妻が、スネークの左腕と腰を貫く。 「ぐぉおおおおおお!!!!!!!!!」 人体が焼けるにおいがする。 左腕が火傷を負っていた。 「『エア・ハンマー』だ!!気をつけろ、相棒!!」 間髪入れずに男が呪文を詠唱する。 詠唱が完成する前に、ソーコムを右腕のみで迎え撃つ。 ダンッ!! 発射した一発が男の額を貫く。 力なく倒れ、奈落の底へと落下していった。 膝を突くスネーク。息が荒い。 「よう相棒、まだ生きてるか?」 「もちろんだ。」 「被害は?」 「左腕に火傷。それと、ステルス迷彩が電撃で壊れた。」 ステルス迷彩を取り出すスネーク。 ステルス迷彩は黒くこげていた。 これでは二度と使えないだろう。 ただ、それのおかげで腰にダメージはない。 「さっきの電撃は『ライトニング・クラウド』だ。 『風』系統の強力な呪文だ。アイツ、相当の使い手のようだな。」 先ほどの電撃を思い出す。 もう喰らいたくない。 「急ぐぞ、デルフ。」 「おうよ。」 痛む左腕をかばいながら、階段を上り始めた。 階段を駆け上がり、一本の枝を進むと、一艘の船が停泊していた。 船上ではルイズとワルドが待っていた。 「スネーク、大丈夫!?」 「火傷を負った。」 左腕を捲り上げる。 傷口の一部が炭化している。 自然回復は望み薄だ。 「ふむ、水の治療薬を分けてくれないか?」 ワルドが船長らしき平民に話しかける。 「お安い御用でさ。」 船員が缶を手渡す。 これが治療薬だそうだ。 字が読めないため、言われない限り何なのか分からなかった。 「これを塗れば、一発でさ。」 「すまない。」 礼をいい、船に乗り込む。 船が『風石』によって浮かび上がる。 帆と羽が風を受けて動き出した。 出港だ。 船倉でスネークは火傷の治療を行っていた。 その治療薬の効果に驚くスネーク。 「みるみるうちに回復していくな。」 完治はせずとも、動かせるようにはなった。 さすがは魔法、か。 「到着は明日の昼だ。寝ておきたまえ。」 「すまない。」 ワルドの言葉に素直に従う。 疲れきった体を横たえ、眠るスネーク。 ルイズが難しい顔でスネークを見つめる。 「仮眠を取れるときに取る。これは戦士の基本だよ。 君も寝ておきなさい。」 ルイズもワルドに言われ眠った。 翌朝。 扉の隙間からまばゆい朝日が差し込む。 その光で目を覚ますスネーク。 一緒にルイズも目を覚ます。 ワルドは既に目を覚ましていた。 「よく眠れたかね、どうだ気分は?」 「振動ベッドで熟睡させてもらった。一人で眠るにはもったいないくらいだ。」 もちろん、硬く、揺れる床のベッドなど気持ちのいいものではない。 朝日を浴びに、外へ出る。 天気がいい。下は雲だらけだが、上は抜けるような青空だ。すがすがしい風が顔を撫ぜる。 「そろそろアルビオンが見えるはずだ。。」 「下は雲だらけだぞ。一体何処に大陸がある?」 「何処見てるのよ。アルビオンはあっち。」 ルイズが空中を指差す。指差す方を仰ぐスネーク。 そこには巨大な雲しかないはずだ。 だが、その中にアルビオンは存在した。 「大陸が…浮いている…。」 「浮遊大陸アルビオン。その名の通り、宙に浮いた国。 月に何度かハルケギニアの上空に飛来するのよ。 それと、アルビオンは『白の国』とも呼ばれているわ。 大陸から溢れた水が霧のようになって、アルビオンの下半分を覆うから。」 ルイズが平らな胸を張って説明する。 スネークに彼の知らないことを教えるのが嬉しいようだ。 「それにしても驚いた。」 「どうして?」 「大陸が浮いているなんて事、俺の常識からは考えようもなかったもんでね。」 貴重な体験をした。この光景を目に焼き付けておこう。 「右舷上方・雲中より、アンノウン接近中!」 レッドアラート。鐘楼の見張りが叫ぶ。 右舷上方から、この船より一回り大きい黒船が近づいてくる。 舷側の穴からは大砲が顔をのぞかせている。 「大砲なんてあるのか。」 「感心してる場合じゃないわよ!」 のんきなスネークと焦るルイズ。 ワルドは表情を変えない。真っ直ぐと黒船を見つめている。 「反乱勢…貴族派の軍艦かも知れないな。」 「旗は掲げていないようだぞ。それでも軍艦と言うのか?」 「旗を掲げていない…、空賊かしら…。」 ルイズがかすかに震える。 ワルドがその肩を抱いた。 ドーンッ!!! 黒船が威嚇射撃をする。 「全員抵抗するな!抵抗したものには容赦しない!」 黒船からメガホンを持った男が大声で怒鳴った。 こちらに向かってフリント・ロック銃や弓が構えられ、鉤つきロープがルイズたちの乗った船の舷縁にひっかかる。 それぞれ獲物をもって、屈強な男たちがロープを伝ってやってくる。 「パーレイ…って通じないか?とにかく、勘弁してくれ。」 早速服従するスネーク。 その頭を思いっきりルイズが叩いた。 「いきなり負けてんじゃないわよ!」 「『匹夫の勇、一人に敵するものなり』」 文句も言わず、それだけ言うスネーク。 「何それ?」 「無闇に戦いを求める愚か者の勇気は、一人の敵を相手にするのが精いっぱい、と言う意味だ。 まずは数を考えろ。これだけの武装した相手を無傷で倒すなど、不可能な話だ。」 正論で返され、ぐうの音も出ないルイズ。 先ほどまで騒いでいたワルドのグリフォンも静かになっている。どうやら魔法で眠らされたようだ。 「船長は何処だ!?」 派手な格好の一人の空賊が降り立ち言った。 肌は日焼けだろうか、赤銅色で、随分たくましい胸板だ、 シャツは油で黒く、胸をはだけさせていて、左目には眼帯。 どうやら空賊の頭らしい。 「わ、私だ。」 声を上ずらせながら船長が手を上げる。 髪の毛から足の指まで小刻みに震えている。 頭が曲刀を船長の喉下に突きつける。 「船の名前と積荷は?」 「ト、トリステインの『マリー・ガラント』号。積荷は硫黄だ。」 頭がニヤリと笑い、船長の帽子を取り上げ、自分がかぶった。 「この船は俺たちが買った!代金はお前らの命だ!」 今度は屈辱で震える船長。 それから頭は甲板のルイズとワルドに気がついた。 大股で近づく頭。 「貴族まで乗せているのか!こいつぁいい!身代金をたんまりせしめてやる!」 頭がルイズの顎を手で持ち上げる。 「たいした別嬪だな。こいつは俺たちの船で皿洗いかもな!」 男たちが下品に笑う。 ルイズの目が怒りに燃える。 頭の手をぴしゃりと跳ね除け、にらみつけた。 「生意気な餓鬼だな。少しは立場をわきまえろ。」 「下がれ、下郎。」 「はっ!威勢だけはいいじゃねぇか!気の強い女は嫌いじゃないぜ!」 怒りに震えるルイズ。 スネークの手を引き、前に突き出し、命令する。 「スネーク、やっちゃいなさい!」 「あぁ?なんだおめぇは?」 「あー、いや俺はただの平m「私の使い魔よ!」……。」 さらに男たちが笑う。 「人間が使い魔?これは笑える!いいジョークだ!」 「トリステインの貴族はいよいよ人間まで使い魔にしやがった!」 口々にスネークをののしる。 スネークは空賊を気にしてはいないが、ルイズに呆れていた。 余計な情報を与えた。まったく、厄介な事を…。 「おい、野郎ども!この使い魔殿は船首の船倉に、こちらの貴族は船尾の船倉にお連れしろ!」 前ページ次ページSnakeTales Z 蛇の使い魔
https://w.atwiki.jp/gods/pages/75781.html
レルメビオン アーサー王伝説に登場する騎士。 「エーレク」に記される。 ヤルベスの人。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6528.html
前ページ次ページゼロと損種実験体 ルイズの就寝は遅い。夜遅くまで勉学に励む彼女は、ゆえに一度寝入るとまず目を覚ますことはない。 そんなわけで、朝になって、アプトムに起こされないかぎり目覚めるはずのない彼女は、しかし今回に限って自分の洩らした寝言で目を覚ます。 「いけない人ですわ。子爵さまは……。え? そんな、恥ずかしいですわ。って、あれ? なんでアプトムが出てくるの? って今度は誰? アンタ誰よ?」 何の夢を見てるんだか? とアプトムが見ていると、パチリと眼を開いたルイズと眼が合う。 「あれっ? あれっ? えーと、わたし何か寝言を言ってた?」 「いや、聞いてない」 さらっと嘘をつくアプトムに、ルイズはうーんと頭を捻る。寝言など人に聞かれないにこしたことはないが、さっきまで良い夢を見ていた気がする。それがどんなものだったのか、目覚めと共に忘れてしまったので思い出したいと質問をしてしまっていた。 が、睡眠時間の足りていない彼女は、すぐにまた眠りの世界に旅立つ事になるのだが、その前に、いつも黙って自分に従ってくれているアプトムの姿に、不意にある考えが頭をよぎった。 アプトムは、最初に召喚した時から、故郷に帰ることを望んでおり、ルイズに従っているのも、いつか彼女が彼を帰す魔法を作り出すという約束によるものである。 しかし、よくよく考えてみると、サモン・サーヴァントとは対象の前に召喚のゲートを開く魔法であり、そこを潜るかどうかは、相手の意思に委ねられている。 ならば、彼が召喚されたのは、彼自身の意志によるものではないだろうか? そんな疑問を思い浮かべた彼女は、特に深い考えもなく口に出し、「事故だ」という答えを聞いて納得し、次に起きた時にはそんな質問をしたことも、夢のことも完全に忘却してしまうのであった。 そして、ルイズが寝入ったのを確認して、アプトムは一人考える。 思い出すのは、彼が召喚されたときに融合捕食をしかけた斥候獣化兵。今思えば、ルイズが召喚しようとしていたのは、あの獣化兵であり、彼のゾアノイドはそれに応えてゲートを潜ろうとしていたのではなかったか。つまり自分は、そこに割り込んだ乱入者であり、そのクセ自分を帰せと無理難題を言っているのではないか。 だが、だからといって地球に帰る事をあきらめることは出来ない。彼には自分の生き方を変えることなど出来ないのだから。 まったく、何故今頃になってそんな事を聞いてくるのだとアプトムはルイズを睨みつける。 初めて会ったときに言われたのなら、知ったことかと無視もできたろうに、短くとも共にいた時間のせいで多少なりとも情の移ってしまった今では、気にせずにはいられないではないか。 そんな主従の、どうという事のない出来事があったある夜、一人の女性の元に不審者が現れていた。 女性の名はミス・ロングビル。学院長秘書の立場を持つ女性である。 夜遅くまで起きていた彼女が何をやっていたのかというと、手紙を書いていた。 ミス・ロングビルには、もう一つの名がある。土くれのフーケという盗賊としての名である。彼女がこの学院に勤めるようになったのは、学院の宝物庫にあるマジックアイテムを盗み出すためであり、盗賊としての仕事が終わればすぐにでも出て行くつもりであった。 そして、今回の仕事が終わったら、一度妹の元に帰るつもりであったのだが、その仕事が変な失敗をして帰る機会を逸してしまった。 仕事が失敗した今も彼女が、いつまでもこの学院に留まっていることに特別な理由はない。ただ単に、出て行くきっかけがないからであり、学院長秘書という身分に支給される給料が、仕事の失敗の埋め合わせに充分なものであるという理由からである。 そんなわけで、自分が盗賊などというヤクザな仕事をしていることを知らない、遠く離れた地に暮らす妹に、帰るのが遅くなるという言い訳を並べた手紙を書いていた時、その男はやってきた。 その男は風と共に現れた。 開いた窓から吹き込んだ微風にカーテンが揺れた時、白い仮面で顔を隠したその男は月明かりに照らされ立っていた。 「『土くれ』だな?」 問いではなく確認ですらない断定に、しかし彼女は何を言われたのは分からないと、とぼけて見せる。 学院長秘書のミス・ロングビルと盗賊の土くれのフーケを繋げる事実を知るものは、彼女の知る限り一人しかいない。そして、その一人は決してその事実を人に話さないだろう確信があったから。だが、男の次の言葉に彼女の演技は引き剥がされる。 「再びアルビオンに仕える気はないかね? マチルダ・オブ・サウスゴータ」 自身以外は妹ぐらいしか知らないはずの名を突きつけられ、彼女は蒼白になる。 「あんた、何者だい?」 「質問しているのは、こちらなんだがな」 くつくつと喉を鳴らして笑う男に、彼女は否と答える。アルビオン王家は彼女の仇である。父を、家を、全てを奪った敵だ。そんなものに仕える気などないと怒鳴りつける。 そんな彼女に男は笑いを収めることなく、勘違いするなと返す。 「王家に仕えろなどと誰が言った? アルビオン王家は、じきに倒れる。お前が仕えるのは、王家が倒れた後の我々有能な貴族が政を行うアルビオンだ」 有能な貴族ね。と彼女は呟く。そういえば聞いたことがある。今、アルビオンでは王家と貴族が争い、王家が劣勢にあると。 もっとも、それは彼女には関係のない話である。 かつて、アルビオン王家に仕えた貴族の家に生まれた彼女は、しかし今はもうその王家に恨みはあっても忠誠心などない。かといって、王家に復讐をしようという考えもない。かつては、そんな想いもあったが、自身と妹を食べさせていくのが精一杯の最初の生活と、その後の多くの孤児を抱えた現実の前に、磨耗した。 「へえ? で? 王家を倒して何をしようってんだい? アルビオンの新しい王様にでもなりたいのかい?」 バカにしたように笑う彼女に、男は冷淡に答える。 「我々はハルケギニアの将来を憂う高潔な貴族の連盟だ。ハルケギニアは我々の手で一つになり、始祖ブリミルの光臨せし『聖地』を取り戻すのだ。アルビオンなど、手始めにすぎんよ」 高潔ときたか。と彼女は内心で笑う。 ご立派な理想を語る者は、自分自身それを信じてなどいないと彼女は知っている。信じるのは、駒として使い捨てられる者たちだけだ。 彼女は捨て駒になどなる気はない。大体、アルビオン一国を支配できたところで、ハルケギニアを統一するなど夢物語だし、仮にそれが出来たところで聖地にはエルフがいる。 この世界で最強の魔法使いたるエルフたちに勝てるものなど、この世界に一人も……、いや、二人くらいならいるような気がするが、それは置いといて、ハルケギニア中の貴族を集めても勝ち目などない。 ついでに言えば、彼女はとある事情からエルフという種族に特に悪感情を持っていないし始祖ブリミルに対する信仰も薄い。ので、聖地なんかエルフにくれてやれよという想いがある。 とはいえ。 「『土くれ』よ。お前には選択することができる」 「あんたらの手下になるか、ここで死ぬかを?」 皮肉で答えてみるが、男は悪びれもせずに「そうだ」と頷いてくる。 最初から男には、彼女に選択の余地を与えるつもりなどない。べらべら自分たちの目的を喋ったのも、そういう理由があるからだ。 戦って勝てるとは思わない。土メイジの自分は、正面からの戦いに向いていないと彼女は自覚している。 だから彼女は、「まあ、いいさ。アルビオン王家には恨みがあるし、エルフを倒して聖地を取り戻すってのも面白そうだ」と嘘をつく。 罪悪感はない。誇りなどない。生きるためならなんでもする。それが、彼女の生き方だから。 「それで、これから旗を振る組織の名前は、なんていうんだい?」 「レコン・キスタだ」 こうして、ミス・ロングビルという名の学院長秘書は、学院から姿を消すことになる。休暇届を提出してであるが。 それが、本当に単なる休暇で終わるのかどうか、それは彼女自身にも今は分からない。 その日、学院は喧騒に包まれていた。 いつも通りの朝を迎えて、いつも通りの授業が始まると思われた日常に、この国トリステインの王女アンリエッタが訪問するとの連絡が入ったからである。 当日になって急に連絡を入れてきたり、それを歓迎したりと、この国の貴族というやつは、刹那的な情動で生きているのか? などとアプトムは思ったが、口には出さない。これも、いつも通り彼には関係のないどうでもいい事だからである。 そんなわけで、魔法学院の正門をくぐる王女一行を整列して出迎えるルイズたち学院の生徒を、アプトムは塔の屋根に登り、そこから興味なさげに見ていた。 貴族ではなく、学院で働く使用人でもない使い魔という立場のアプトムには、王女が来たからと言って何かをしなければならない義務はなく、自分から何かをしてやろうという意志もない。ついでに王女というものに興味もない。 しかしまあ、部外者が多く学院にやってきているのにルイズから眼を離して何事か起これば困ったことになるなと、遠くから観察していたアプトムは多くの生徒たちが王女に注目している中、ルイズが別の人間に視線を向けたことに気づいた。 それは羽帽子をかぶり、鷲の頭と獅子の体を持つ幻獣に乗った口ひげも凛々しい男であった。 知り合いか? と思ってみるが、本人に問いただしでもしない限り分からないことであるし、ルイズの知人であったとしても自分とは関わりのないことだと、彼はその男の事を考えるのをやめる。翌日には、その男と顔を合わせることになるなどと、この時点では考えもしていない。 ついでに、ルイズの隣に立っているキュルケが、その男を切ない眼差しで見ていたりしたのだが、その事にはアプトムは気づかなかった。 キュルケはアプトムを嫌い敵視していたが、アプトムにとってキュルケはよくルイズと話をしている少女だという程度の認識しかなかったのである。 なんにしても、明日からはまた、代わり映えのない毎日が続くのだろうというアプトムの予想は、その日の夜に覆されることとなる。 いつもなら机に向かっているはず時間に、惚けた顔でベッドに腰かけたルイズに、さてどうしたものかとアプトムは考える。 ルイズに何があったのかなどアプトムには分からない。昼間見た男が関係しているのだろうという事は分かるが、それで何故ルイズがこういう状態になるのかなど彼の知るところではない。 分からないなら聞けばすむことだろうが、彼がルイズとの間に望んでいるのは契約という感情を差し挟まない関係である。相手の内面に踏み込むような行動は避けたいところだ。 それならば、相手の心情など気にせず、魔法を使えるように勉強をするか寝ろ。とでも言えばよさそうなものだが、昨夜の寝惚けたルイズの言葉に多少の罪悪感を覚えてしまった今のアプトムには、それも難しい。 本当に、どうしたものだろうかと悩んでいたところに、人の気配を感じたアプトムは扉の方を振り向き、そして扉をノックする音を聞いた。 珍しいな。そう思ったのは、彼が知る限り、この部屋に誰かが尋ねてきた前例がなかったから。この学院でもっとも多くルイズと言葉を交わすキュルケですら、この部屋に尋ねてきたことはない。 だから、彼が扉の外にいる者に対する警戒を解かなかったのは当然の事であろう。だが、その警戒がルイズに向けられているはずもなく、ノックを聞いたルイズが、はっと顔を上げ扉に走るなどとは想像もしていなかったアプトムが止める間もなく、彼女は無警戒に扉の向こうにいた黒い頭巾をすっぽりかぶって顔を隠した少女と対面していた。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは夢見がちな少女である。そうでなければ、どれだけ努力してもかなわなかった魔法を使うという夢をいつまでも持ち続けることなど出来なかっただろう。 そんな彼女は、自分にとって都合の悪い想像というものをあまりやらないが、逆に都合のいい妄想ならばよくする。 昼間、王女一行の一員として学院にやってきた一人の男、いわゆるヒゲダンディーは彼女の知り合いである。しかも、ただの顔見知りなどではなく特別な関係と言っても良い相手である。彼と前に会ったのは、十年程前のことだが、それでも彼女の中の彼に対する想いは色あせずに残っている。 そして、それは彼も同じだろうか。同じであって欲しいと感じる彼女は妄想の翼を羽ばたかせる。 王女に随伴してきた彼に、ルイズは一目で気づいた。ならば、きっと彼も自分に気づいたはずだ。そうなれば彼は自分に会いに来てくれるだろう。そうでなくてはならない。何故なら、彼は自分の……。 そんな事を考えていた時に、来客があったのだから、彼女がヒゲダンディーが尋ねてきたのだと思い込むのは当然の事で、開いた扉の向こうにいたのが期待していた相手ではなかったと気づいてフリーズしてしまったのも致し方ない。 そんな彼女に構わず、黒頭巾の少女は部屋に入り、後ろ手に扉を閉めると、ルーンを唱え探知の魔法を使って、この部屋が監視されていないか確認し、そうして初めて頭巾を取った。 そこにあった顔は……、 「姫殿下!」 そうルイズが呼んだとおり、この国の王女アンリエッタであった。 アンリエッタ・ド・トリステインは、とても恵まれた人間である。 彼女は現在この国で唯一といっていい王位継承権の持ち主であり、優秀な水のメイジであり、美しい容姿であり、多くの人に好かれるまっすぐな気性の持ち主である。 そんな彼女であるから、多くの人間に好かれるし、甘やかされもする。 彼女には、望んだことが叶えられなかった経験が非常に少ない。 それは、王女と言う身分のせいでもあるし、基本的に我侭を言わない控えめな性格のせいでもある。 だが、そんな人生経験は当然のごとく彼女の人格形成に多大な影響を及ぼす。 よほどのことでない限り、自分の望んだことは必ず叶う。そんな歪んだ思考を持つようになってしまったのも、そのよほどの基準が多くの人間の考えるそれと大きく乖離してしまっているのも、彼女一人の責任とは言えまい。 そんな彼女が今回望んだのは、恋する男性に送った恋文の回収である。 アルビオンという国がある。その国では、現在貴族たちが王族に対し反乱を起こし内乱が起こっているのだが、その戦で王家が倒れる事は、もはや避けられない事態となっており、勝利した後の反乱軍は、次にトリステインを攻めるであろうというのが、この国の政治を取り仕切る者の考えであった。 アルビオンに比べて、トリステインの国力は低い。 単体でアルビオンに勝つことができるわけもなく、ゆえに他国と同盟を組む事に決めたトリステインはゲルマニアの皇帝の下に、王女を嫁がせることにした。 この国の唯一の王位継承者を他国に嫁がせることに反対するものがいなかったわけではないが、反対する者たちに代案があったわけではない。結局この決定は覆らなかった。 さて、この決定に対して、アンリエッタに不満がなかったわけではない。彼女には恋する男性がいて、その相手と結ばれる未来を夢見ていたりもした。 しかし、このおめでたい頭の持ち主である王女にも、それが自分には叶わぬことと理解できていた。 とても不本意ではあるが、ゲルマニアに嫁ぐ決心をした彼女は、その障害になるかもしれない、ある品物のことを思い出した。 それが、アルビオンの皇太子ウェールズに送った恋文である。 それのことを思い出したアンリエッタは、激しくうろたえた。 アルビオン王家が倒れ、ウェールズ王子が持っているはずの、その恋文が貴族派の者たちの手に渡ってしまえば、自分の決死の覚悟は無駄になり、この国の民の平和も脅かされる。 ここまでは、ごく普通の思考であるのだが、ここからがアンリエッタという少女の歪んだ思考である。 恋文を回収しなければならないと考えた彼女は、まずどうやってと言うもっともな疑問を頭に浮かべた。 この国の政治を取り仕切る人物であるマザリーニ枢機卿に相談するという案は真っ先に捨てた。 あるいは、誰よりもこの国のことを考えているのだろうが、『鳥の骨』などとも言われる男を彼女は嫌っている。 そもそも、アンリエッタのゲルマニアへの輿入れの話を持ち出したのも彼なのである。それが、最善の選択だと理解しても彼女が好意を持てなくなるには充分である。 では、他の誰にと王宮の貴族たちの顔を思い浮かべて、それを切り捨てた。嫁ぎ先が決まった娘が、他の男に送った恋文を回収しようとしているなどという醜聞を迂闊にもらすわけにはいかない。大体、王宮の貴族たちは、最終的に自分のゲルマニアへの輿入れに同意した者たちである。そんな連中に自分のプライバシーを明かす気にはならない。 では、誰に頼むかと考えて、彼女は自分の親友とも言える幼馴染のことを思い出した。 貴族の誇りを重視しながらも、自分の心を大事に思いやってくれて、王女にあるまじきいろんな我侭も二つ返事で聞いてくれる大切な『おともだち』ルイズ・フランソワーズのことを。 他人が聞けば、それは本当に友達なのかと疑問を感じてしまう認識だが、あいにくと彼女には、他に本音を語れる親しい相手というものが当のルイズ以外にいないので、この認識に疑問を感じたことがない。 かくして、アンリエッタはルイズに会い、その事を話し頼み込み、快く快諾し更には望まぬ婚姻をしなくてはならない彼女を慰めてくれさえした友人に、ああ、これで全ては上手くいくと安心した。さすがに、その回収すべき手紙が恋文であるとは言わなかったが。 それが、戦地にろくな魔法も使えない世間知らずの小娘を送り出すという、危険どころではない所業であるという自覚はない。 ルイズが、失敗するかもしれない。それどころか死ぬかもしれないという可能性には思い当たらない。彼女の望むことは、よほども事でない限り叶うのだから。 これは、アンリエッタの頼みごとに、いつも疑問を差し挟まず素直に聞くルイズにも問題があるのだが、ルイズにも言い分がある。 姫さまのやることが間違いだったことがない。それが、彼女の認識なのだから。 実際、ウェールズに送った恋文を回収しようという考えに間違いはない。頼む相手を間違えているだけで。 なんにせよ、王女の頼みを受けたルイズは、かたわらにいるアプトムに顔を向けた。その顔には「もちろん手伝ってくれるわよね」と書 いてあり、彼は任せろと言わんばかりにルイズの頭に手を置き。 「わかった。その手紙は返してもらってくるから、大人しく待っていろ」 と言った。 アプトムが快く承知してくれたことに気をよくしたルイズはニッコリ笑い。そして、アレ? と疑問を覚えた。 今この男は、なんと言っただろうか? 大人しく待ってろ? 待ってろ? 「今、待ってろって言った?」 「言ったぞ」 うん。やっぱり聞き間違いじゃなかった。つまり、アプトムは一人で行くから自分にはついてくるなって言ってるわけだ。 「って、なんでよ!?」 叫んでみるが、アプトムは動じない。 「何がだ?」 「頼まれたのは、わたしなのよ。わたしが行かなくて、どうするのよ!」 「どうもしなくていい。使い魔の仕事は、メイジができないことを代わりにやることだろう?」 「わたしは貴族なのよ!」 貴族が、自分に与えられた任務を人に押し付けられるわけがないと言うルイズに、アプトムは、それがどうしたと答える。お前に、この依頼が果たせると思っているのかと。自分が何者かを見つめなおしてみろと。 そして、ルイズは黙り込む。彼女は貴族である。貴族の誇りにかけて、姫さまの頼みに答えなければならない。そして、彼女はゼロのルイズである。魔法の成功の確率ゼロのルイズ。 そんなお前に、姫さまの与える任務をこなせるのか。アプトムはそう言っているのかとルイズは、歯噛みする。だが、それは思い違い。 「おまえは、貴族である前に学生だろう。貴族がどうのこうのに、縛られるのは学院を卒業してからでも遅くない。大体、王党派と貴族派が争っている中、皇太子に会いに行くという任務は、世間知らずの学生に果たせるほど簡単なものなのか?」 ルイズが魔法を使えるかどうかなど関係がない。魔法が使えようが貴族だろうが、学生という未熟な存在であるルイズは、この任務を受けるべきではないのだとアプトムは言っているのだ。尚、彼がまだクロノスに対し忠実であった頃に、盟友のソムルムとダイムを斃したガイバーI・深町晶もまた当時はルイズと同様に一介の学生であり、自我に目覚めクロノスを離反した後、前述の盟友達の死から深町を己が手で打倒すべき敵と認識しつつも、彼もまたクロノスの所為で生きる為に闘わざるを得なかった事自体はきちんと認識しており、その事と今回のルイズの立場と被ったが故の考えと、取れなくもないといえよう。 それは正論であり、召喚されて以来、ルイズに忠実であったアプトムの言葉であるから、彼女は頭ごなしに否定ができない。しかし発言の真意が理解できたルイズは感情を整理し冷静になれたのも事実である。 「でも、アプトム一人じゃ、王党派の人たちに信用してもらえないかもしれないし……」 それでは手紙を返してもらえないかもという苦し紛れの言葉は、ルイズがいても信用される保証はないし、平民のほうが貴族派に怪しまれる心配がなくていいだろうというアプトムの返答に切り払われる。 それでも納得することなどできないルイズは、「あの、ルイズ。その方は?」というアンリエッタの言葉に、そういえばと、説明してなかった事を思い出す。ずっと、この部屋にいるアプトムのことを今頃になって尋ねてくるアンリエッタもどうかしているが。 「こいつは、アプトム。わたしの使い魔です」 「使い魔?」 確かに本人もそんなことを言っていたけど、とアンリエッタは首を傾げる。 「人にしか見えませんが……」 「人です。姫さま」 人間じゃなくて亜人ですが。とは言わない。敬愛する姫さまといえど教えるわけにはいかない事もある。 「そうよね。ルイズ・フランソワーズ、あなたって昔からどこか変わっていたけれど、相変わらずね」 「…ほっといてください」 ルイズにとってアプトムは自慢の使い魔であるが、表向きただの平民であると通している以上、周りの眼が冷たくなるのは仕方がないと、最近になって彼女は理解していた。 それはともかく、ふとルイズは浮かんだ疑問を口にする。 「じゃあ、アプトム一人で行くって言うの?」 「そのほうが身動きがとりやすいからな」 「でも、アプトムってトリステインの生まれじゃないわよね。というか魔法に頼らないと帰れないくらい遠くの生まれでしょ。案内なしで道が分かるの?」 そう、アプトムはハルケギニアの人間ではない。地球という他の天体から召喚されてきた者だ。そんな彼にアルビオンへに道が分かるわけがなく、交通手段についての知識もない。 だが、その辺りについても考えがある。 アンリエッタは、この部屋に一人で入ってきたが、この女子寮まで一人できたとはアプトムは思っていない。彼の見たところ、この王女はルイズにも負けない浅はかな思考の持ち主だが、それでも一人で出歩くほど能天気ではないだろうし、本人がそのつもりだったとしても周りの者は、この国の王位継承者が護衛もつけないで出歩くのを許したりはしないだろう。 現に、この部屋の外。扉の向こうからは、この部屋の様子を伺っている何者かの気配があり、それが王女の護衛なのだろうとアプトムは予想する。 その護衛が、アンリエッタが連れてきた者なのか、勝手に着いてきた者なのかは、流石のアプトムでも知るところではない。 しかしどちらにしろ、自分がアルビオンに向かう道案内にはちょうどよかろう。 だからと、「こいつを連れて行く」と扉を開けて中に招きいれようとして、アプトムは、そこで扉に耳を当てて盗み聞きしていたらしい金髪巻き毛の少年と顔を合わせた。 それは、王女の護衛などではなく、ルイズと同じく、この任務に連れて行くには不適切なただの学生であったのだけど、今更勘違いでしたと言うわけにもいかない状況である。 この計算外の事態にも、表面上は平静を装ったアプトムではあったが、内心ではそうではなかったため、同じ学生の身分であるギーシュは良くて自分は駄目だというのには納得できないと言うルイズに反論しきることができず、結局ルイズはアプトムと何故かギーシュの三人でアルビオンに向かう事となり、ルイズはアンリエッタからウェールズへ充てた手紙を受け取り、ついでに路銀の足しにと王女が母親から頂いたという指輪も預かった。 ギーシュ・ド・グラモンは、軟派な外見や性格とは裏腹に、貴族としての誇りを強く持つ少年である。 彼の尊敬する父は、元帥の地位を持つ勇敢かつ優秀な軍人であり、彼も将来はかくありたいと思っている。 その父親が好色な性質であったことが、彼の女性に対するだらしなさの原因の一つであるが、それは置こう。 彼には、許せない相手がいる。ゼロのルイズと呼ばれている少女が召喚したアプトムという名の男である。 あの男のせいで二股をかけていた少女二人に振られたから。その後に起こった決闘で勝負にもならずに負けたから。というわけではない。 それがないとは言わないが、彼にはそれ以上に許せないことがあった。 それが、あの男の自分を見る眼。 彼は、貴族である。貴族は平民になど負けてはいけない立場にいる。その自分に、あの男は勝利した。それだけなら良かった。それだけならお互いの健闘を称えあうこともできただろう。 だが、あの男は自分を見ていない-もっとも、逆に言えば敵と見做されていないだけでも、ギーシュにとっては僥倖の極みなわけなのだが-と気づいてしまった。あの男にとって自分は、炉辺の石ころにも等しい。彼我の実力差を考えれば、あの男がそういう眼で見てくるのは当然なのかもしれないのだけど、それを彼は許せない。 そんな眼で見てくる相手が明らかに自分より優秀だと分かるメイジで、例えば女王を守る魔法衛士隊隊長なんかなら、彼もそんな風には思わずに負けを認めていたのだろうが、ギーシュのアプトムという男への認識は魔法の一つも使えないただの平民である。そんな相手に見下すどころではない眼で見られることを許容出来るほど彼の矜持は安くなく、ゆえに必ずや、あの男の心に自分の名を刻んでやると心に誓っていた。 そんな彼であるから、何度もアプトムに対して、決闘を申し込んでいた。 錬金で作り出したゴーレム『ワルキューレ』に、武器を持たせて挑ませたこともある。落とし穴を掘ってワルキューレに誘導させて動きを封じる策を練ったこともある。パワーで勝てないのならと軽量化を図ったワルキューレで100メイル走をしかけて勝負したこともあるし、走り幅跳びだってやった。パワーもスピードも敵わないのなら頭脳だと、ワルキューレにチェスの勝負を仕掛けさせたこともある。 しかし、一度たりとも勝利をつかむ事はできなかった。自分を敵だと認めさせることすらできなかった。 代わりと言っては何だが、クラスメイトの眼が生ぬるい物になってきたが、ギーシュは気にしない。深く考えたら、泣いちゃいそうだし。 そんな現在の彼にとって、何よりも優先されるのはアプトムに自分を認めさせることであり、ゆえに長らく可愛い女の子を見ても興味を抱く事すらない毎日を送っていた。 そんな彼だが、アンリエッタという、この国の王女に対してまで、無関心でいることはできなかった。 平民が貴族に対して従属する義務があるのならば、貴族には王家に従属する義務があり、それは名誉ですらあると彼は認識している。そんな彼にとって王女とは憧れの対象であり、その相手が若くて美しい女性となれば、お近づきになりたいと考えるのは当然のことであろう。 とはいえ、だから何をしようと考えたわけではない。父親ならともかく、彼自身はただの学生の身分である。そんな彼に、王女と直接顔を合わせるという栄誉が得られるはずもない。 だが、いずれは自分もあの美しい王女に謁見が許されるような立場になってやるとギーシュは夢を描く。 それが、多くの若い貴族が胸に描き、しかし成し遂げられずにあきらめていくであろう妄想の一つであろうことだなどと、彼は思わない。 彼は若く、夢は若者の特権なのだから。 それはさておき、ギーシュは学院の中庭で月を見ていた。 大地を優しく照らし出す二つ月の一つに、若く美しい王女の面影を見出すことなど、彼には容易い。 今夜の、寝る前の自分大活躍妄想劇場に王女に登場してもらうため、彼は王女の姿を心に刻み込む。ちなみに、もう一つの月には、最近疎遠なモンモラシーの姿を見出していたりもする。 そんなとき、彼は視界の隅を横切った人影に気づいた。 その人影は、真っ黒な頭巾をかぶり、正体が知れなかったのだけれど、ギーシュは一瞥でそれを王女と見抜いた。 単に、何とか王女とお近づきになれないかなと思っていたときに、たまたま通りかかった女性がいたので、特別な理由もなく関連付けてしまったというのが、正しいのだが、事実として、その人影は王女アンリエッタその人であった。 王女を見たギーシュは、特に深い考えもなく、後をつけていく事にした。後をつけて何をしようと考えていたわけではないし、王女がお供もつけずに一人で歩いていることにも、特に不信感を抱くこともなかった。彼に限ったことではなく、トリステイン貴族は、深く考えるよりも、その時のノリで動くことが多いゆえの行動である。 そんなわけで、王女を追って女子寮に入っていったギーシュは、ある一室に入っていったのを見送り、即座に扉に耳を当て聞き耳を立てた。 そうして、図らずも王女に直接頼みごとをされる機会を得た彼は、貴族としての矜持と、美しく王女への思慕とアプトムへの対抗心ゆえに、この国の存亡にも関わりかねない任務に参加することになるのである。 前ページ次ページゼロと損種実験体
https://w.atwiki.jp/robotama/pages/341.html
武装一覧(その他遠距離武器) 各商品に付属する武装類を系統ごとに纏めたページ。 発売未定品はリスト対象外。 マルチプルランチャー等の他武装に装着するタイプは単独では記載しない。 他の武装は以下のリストを参照。 武装一覧刀剣/ポールウェポン/その他格闘武器/銃火器その他遠距離武器/爆発物・その他/シールド/エフェクト 分類 名称 商品 構成 備考 弓 ゴッドゴーガン ライディーン ブラックライディーン ゴッドライディーン ブラックゴッドライディーン 光の弓 フルアーマー騎士ガンダム 伝説の巨人編Ver. 矢 ゴッドアロー ライディーン ブラックライディーン 光の矢 フルアーマー騎士ガンダム 伝説の巨人編Ver. ボウガン 超電磁洋弓銃 エヴァンゲリオン2号機 鉄球 ガンダム・ハンマー ガンダム ガンダム(ハードポイント追加仕様) ∀ガンダムシリーズ用武器セット ハイパー・ハンマー ガンダム 鎖はガンダム・ハンマーと共用 ガンダム(ハードポイント追加仕様) ブーメラン マイダスメッサー ランチャーストライカー&ソードストライカーセット 基部+ビーム刃 ビームブーメラン ストライクルージュ(I.W.S.P.装備) RQM60Fフラッシュエッジ2(ブーメラン) デスティニーガンダム 柄のみ2本。基部はビームサーベルと共用 ファングスラッシャー エクスバイン エクスバイン EXバージョンカラー ビット系武器 フィン・ファンネル νガンダム 6枚 追加フィン・ファンネル νガンダム 拡張フルセット νガンダム フィン・ファンネルセット EQFU-3Xスーパードラグーン ストライクフリーダムガンダム 8枚 GNビームサーベルファング ガッデス 7枚 GNファング収納状態 アルケーガンダムヤークトアルケーガンダム 4枚 GNファング攻撃状態 2枚 大型GNフィンファング リボーンズガンダム 4枚 小型GNフィンファング GNソードビットA ダブルオークアンタダブルオークアンタ(クアンタムバーストVer.)ダブルオークアンタ(クアンタムバーストVer.)ブラック台座セット 2枚 GNソードビットB GNソードビットC ロケットアンカー ヒートロッド(アンカータイプ) グフカスタム パンツァーアイゼン ランチャーストライカー&ソードストライカーセット 飛燕爪牙(射出) 紅蓮聖天八極式紅蓮聖天八極式(エナジークリアVer.) 2本 飛燕爪牙(収納) フーチハーケン 神虎 手甲と一体成型。2本 大型スラッシュハーケン サザーランド・ジーク 5本 スラッシュハーケン ランスロット・アルビオン 4本 ランスロット・アルビオン・エナジークリアVer. ヴィンセント初期量産試作型 2本 ヴィンセント指揮官専用型 ヴィンセント(グラウサム・ヴァルキュリエ隊機) スラッシュハーケン(頭部用) パーシヴァル スラッシュハーケン(肩用) 2本 スラッシュハーケン(展開) ランスロット・クラブ スラッシュハーケン(収納) スラッシュハーケン(メッサーモード) XM18ワイヤーガン アーバレスト ラムダ・ドライバ ピラム ファフナー・マークドライ 展開時刃or収納時刃+グリップ バイパーウィップ 騎士GEAR凰牙 その他 メギドハーケン トリスタン 左右前腕に1つずつ接続済 空気砲 ドラえもん 攪拌槽(ジャオダンジィ) 撃龍神+SPパック+クライマー1 ドラゴンフレア 電童・凰牙用データウェポンセット スクエア・クレイモア アルトアイゼン 両肩に内蔵 アルトアイゼン・ナハト チャクラムシューター エクスバイン シューター本体+チャクラム(射出前、射出後) エクスバイン EXバージョンカラー
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5837.html
前ページZERO A EVIL アルビオンがオディオと名乗る魔王に占領されてしばらくたったある日、一匹の風竜がアルビオンに向かっていた。 その風竜の背には青い髪の小柄な少女が乗っている。本を読んでいるその姿は、これから魔王のいる国に向かうとはとても思えない。 その時、どこからともなく少女に話しかける声が聞こえてくる。だが、風竜の背には少女以外の姿は見当たらない。 それもそのはず、少女に話しかけていたのは人間ではなく、少女が乗っている風竜だったのだから。 「お姉さまは魔王が怖くないの?」 「……別に」 「シルフィは怖いのね。国を一つ占領しちゃうんだもん、きっと恐ろしい姿の怪物なのだわ」 怖がる風竜の頭を少女は優しくなでる。そして、そっと呟いた。 「大丈夫」 この言葉で風竜は少し落ち着いたようだ。今は今晩のご飯はお肉がいいと少女にねだっている。 だが、少女の心から不安が消えることはない。先程の言葉は、出発してからずっと自分に言い聞かせていた言葉なのだから。 青い髪の少女、タバサがアルビオンに向かうのは、彼女のもう一つの顔である北花壇騎士・七号に任務が下されたからだ。 任務の内容はアルビオンにいる魔王の偵察。だが、この任務を言い渡した北花壇騎士団団長、ガリア王女イザベラの様子はどこかおかしかった。 いつもならタバサに対して、嫌がらせや皮肉たっぷりの言葉をぶつけるイザベラが、今回はどこかばつの悪い顔でただ任務を言い渡すだけだったのだ。 そのイザベラの態度でタバサには、この任務を自分に与えたのがイザベラではなく、別の人物であることがわかってしまう。 王女であるイザベラよりも権力を持ち、北花壇騎士に自由に命令を下せる人物。そう、ガリア王ジョゼフだ。 いち早く魔王に対して不可侵を決めたトリステインに続き、他の国々も次々と中立を宣言していく中、ガリアだけは魔王に対する方針を定めていなかった。 魔王からはガリアに侵攻する気はないと書状が送られてきていたが、ガリア王ジョゼフはそれをまったく信じていない。 ガリアの多くの国民が他の国のように中立を宣言してほしいと願っているのに対し、ジョゼフは中立を宣言するどころか魔王と戦う気さえ見せ始めている。 ガリアでは王が裏で秘密兵器を開発し、魔王と戦うつもりだという噂で持ちきりであった。 そんな中、タバサに命じられた魔王への偵察任務。タバサが成功しようが、失敗しようがジョゼフに損はない。 タバサの本当の名前は、シャルロット・エレーヌ・オルレアン。ジョゼフの弟、シャルルの一人娘だ。 すでにシャルルが暗殺されている今、ジョゼフに対して不満を抱く人間が旗頭にするのはシャルロットしかいない。 魔王がシャルロットを始末してくれれば、ジョゼフは後顧の憂いを絶つことができ、魔王との戦いに専念できる。 そんなジョゼフの思惑がわかっていても、タバサは任務を断ることはできない。 彼女には毒で心を狂わされた母親がいる。任務を断ったり、逃げ出したりすれば母がどんな目に遭うかわからないのだ。 断るという選択肢がないタバサは、憮然とした表情のイザベラから任務の内容が書かれた紙を受け取り、その場を退出しようとする。 その時、イザベラからタバサに声がかけられた。 「そんな任務、さっさと終わらせてきな。あんたにはあたしの用意した任務がたっぷり残ってるんだからね」 タバサにはイザベラの言葉の真意はわからなかった。彼女のことだから、自分が用意していた任務をふいにされたのが気に食わないだけかもしれない。 それでも、嫌がらせや皮肉を受けずに出発できたことは、タバサの心をほんの少しだけ軽くしてくれたのだった。 「お姉さま、アルビオンが見えてきたのね」 シルフィードの声でタバサは我に返った。前方には空に浮かぶ大陸の姿が確認できる。 いよいよ魔王のいるアルビオンに潜入する時がきたのだ。 「雲に紛れて上陸、その後は合図があるまで隠れてて」 「了解なのね。でも、危なくなったらすぐにシルフィを呼ぶのね」 「わかってる」 「絶対なのね! お姉さまは一人で無茶をするから、シルフィはいつも心配なの。きゅいきゅい!!」 そのシルフィードの心遣いにタバサは感謝していた。もし、自分一人だけだったなら不安に押し潰されていただろう。 「無茶はしない、心配しないで」 そう言って、タバサは再びシルフィードの頭をなでた。頭をなでられたシルフィードは、目を細めてきゅいきゅいと嬉しそうに鳴いている。 使い魔召喚の儀式で風韻竜を召喚した時は、面倒なことになったと考えたこともあった。 絶滅したといわれている韻竜を召喚したことがばれれば、厄介ごとに巻き込まれるのが目に見えていたからだ。 だが、今ではシルフィードに感謝している。つらい任務も彼女と一緒なら失敗することはなかったし、一人で任務をこなしていた時より随分楽になった。 今回の任務もシルフィードと一緒ならきっとうまくいく。例え相手が恐ろしい魔王だったとしても。 その後、特に問題なくアルビオンに到着したタバサは、情報収集のためにかつて王都と呼ばれていたロンディニウムに向かった。 しばらくして、ロンディニウムに到着したタバサの目に飛び込んできたのは、魔王の国にあるとは思えない平和な街の姿だった。 談笑しながら歩いている人の姿も見えるし、開けた所にある広場では子供達の遊んでいる姿が確認できる。 大通りでは露店が開かれており、多くの客で賑わっていた。表情は皆明るく、買い物を楽しんでいるのが見ているだけでも伝わってくる。 タバサはアルビオンの街がここまで平和だとは思ってもいなかった。 てっきり、魔王に占領された国のことを悲しみ、毎日を怯えながら過ごしているとばかり考えていたのだ。 だが、タバサがそう考えていたのも無理はない。圧倒的な力を持ち、人々から恐れられている魔王が、平和な街を作るという想像ができる人間がいるだろうか。 その時、困惑しているタバサに声がかけられた。 「そこのかた、今日は新鮮な果物が揃ってるよ。一つどうだい?」 どうやら話しかけてきたのは露店の店主のようだ。確かに、店には色とりどりの果物が並んでいる。 思わず果物に目が行ってしまうが、今は買い物をしている場合ではない。 「いらない。それより聞きたいことが……」 「こんにちは、おじさん」 タバサが店主に話を聞こうとしたちょうどその時、後ろから店主に話しかける声が聞こえてきた。 おそらく買い物客だろうと思い、何気なく振り向いたタバサはその人物を見て固まってしまう。 「いらっしゃい、ティファニアちゃん。今日もおいしい果物が揃ってるよ」 「本当、おいしそう!」 タバサは目の前の光景が理解できなかった。ティファニアと呼ばれた人物の耳は細長く、一目でエルフだとわかる。 エルフは強力な先住魔法の使い手であり、このハルケギニアで一番恐れられている存在だ。 だが、店主は目の前のエルフをまったく恐れていない。それどころか、エルフと親しそうに話している。 「ん? お客さん、もしかして旅の人かい?」 固まってしまったタバサに気付いた店主が声をかけてくる。タバサは黙って頷くことしかできなかった。 「まさかこの魔王の国にやってくる人がいるとは……あ、この娘はあなたに危害を加えることはないから、警戒しなくても大丈夫だよ」 店主と親しそうに話していたエルフは、今は不安そうな顔でタバサのことを見ている。 その姿からは、タバサのことを攻撃しようという意思はまったく感じられない。どうやら、店主が言っていることは本当のようだ。 「エルフが怖くないの?」 「そりゃあ最初は怖かったよ。でもね、あの恐ろしい魔王に比べたら、大人しくて優しいティファニアちゃんは天使に見えるってもんさ」 確かに、今この国は魔王という正体不明の存在に占領されている。 恐ろしい力を持ち、姿形がまったくわからない魔王に比べたら、この大人しそうなエルフの方がましだといえるだろう。 それに、このエルフは十分に美少女といえる顔立ちをしているし、なにより胸が大きい。これなら、男性に人気が出るのもわかるというものだ。 「それに、ティファニアちゃんはマチルダさんの家族だからね。この街の恩人の家族を邪険にはできないよ」 「マチルダさん?」 「ああ、あの人のおかげでこの街の人間は安心して暮らしていられるんだ」 そして、店主は魔王がアルビオンに現れてから起こった出来事をタバサに話してくれた。 店主の話では、最初は魔王を倒すために多くの人間が魔王の城に向かっていったという。だが、ほとんどの人間がその日のうちに逃げ帰り、それ以来魔王の城に向かう者はいなくなってしまった。 魔王が街に危害を加えることはなかったが、いつまでも魔王が何もしてこないとは限らない。不安に駆られた住人達は、この街から次々と逃げ出していった。 残った住人達は、これ以上この街から人がいなくなるのを防ぐために魔王と話し合うことを決意する。だが、ここで問題が発生した。 残っている住人のほとんどが魔法の使えない平民だったのだ。力をまったく持っていない平民相手に魔王が話し合いに応じてくれるとは思えない。 その時、困り果てていた街の住人達の前に現れたのがマチルダだった。土のトライアングルのメイジである彼女は、住人達の代わりに魔王との話し合いに臨んでくれるというのだ。 マチルダに全てを託すことにした住人達は、祈るような気持ちで彼女の帰りを待つことにした。 次の日、住人達は街に戻ってきたマチルダから話し合いが成功したという報告を受ける。 彼女の話では、魔王はこの街の住人に危害を加えないことを約束してくれたらしい。さらに、それを証明するために、今日の夜住人達の前に魔王が姿を見せるというのだ。 そしてその日の夜、鳥の顔をした巨大なゴーレムに乗って約束どおり魔王は街に現れた。 「魔王はどんな姿をしていたの?」 謎に包まれていた魔王の姿がわかるとあって、普段は無口なタバサも思わず店主に質問をしてしまう。 「体格は大柄で、真っ黒なローブに鎧と兜を身に着けてたよ。顔は暗くてよく見えなかったな」 魔王は住人達に姿を見せてからすぐに立ち去ってしまったため、魔王の顔を見た者は誰もいなかったらしい。 その後、この街から住人が逃げ出すことはなくなり、王党派と貴族派が争っていた時よりも平穏な暮らしができるようになった。 街の恩人であるマチルダは、住人達の願いでこの街に住むことになり、現在は家族と一緒にこの街で暮らしている。 ティファニアはマチルダの家族のハーフエルフで、最初は住人達も対応に戸惑ったが、今では誰も彼女を怖がる者はいない。 それどころか、その愛らしい容姿と優しい性格ですっかり街の人気者になっているとのことだった。 「これで俺の話はおしまいさ。他に何か聞きたいことはあるかい?」 「魔王のこと、本当に信じてるの?」 「魔王を完全に信じてるわけじゃないよ。ただね、魔王に怯えて暮らすよりも、魔王なんか気にしないで笑って暮らした方がいいって、みんな吹っ切れたんだろうね」 だからそのきっかけを与えてくれたマチルダにみんな感謝している、最後にそう付け加えて店主の話は終わった。 タバサは話を聞かせてくれた店主にお礼を言うと、最後に一つ質問をする。一番重要な魔王の居場所についてだ。 「魔王はニューカッスル城にいるよ、もっとも今はみんな魔王城って呼んでるけどね」 それを聞いたタバサは再度店主にお礼を言い、足早にその場を去ろうとする。 だが、店から少し離れた場所である人物に呼び止められてしまう。タバサを呼び止めたのは、先程の露店にいたハーフエルフのティファニアだった。 「ま、待って。もしかしてお城に行くの?」 タバサはいつものように無表情で何も答えなかった。この後、夜になってから魔王の城に行くつもりだったが、それをこの少女に言う必要はない。 ティファニアは何か言いたいことがあったようだが、何も答えないタバサに戸惑っているようだ。 しばらく二人の間で無言の時間が続いたが、やがて意を決したティファニアがタバサに話しかけた。 「あ、あのね、魔王は本当はとても優しい人なの。だから、お城に行っても魔王を退治しようだなんて思わないで」 そのティファニアの言葉でタバサはある噂話を思い出していた。魔王の正体はエルフではないかという噂だ。 もし魔王がエルフなら、同属であるこの少女に酷いことはしないだろう。そう考えたタバサは、ティファニアに何も答えずその場を去っていった。 夜までに色々準備をすることもある、こんな所でぐずぐずしている時間はタバサにはないのだ。 そんなタバサの背中をティファニアは悲しそうな顔で見つめていた。 そして、辺りがすっかり暗くなった頃、タバサは魔王の城の近くまでやってきた。 今回の任務はあくまで偵察だ。ハーフエルフの少女に返答はしなかったが、魔王を倒す気など最初から頭にない。 あとは、魔王の居場所が本当にこの城で間違いないのかを確かめれば、偵察としての任務はこなせたといえるだろう。 もし魔王に見つかって戦闘になるようなことになれば、すぐにシルフィードを呼んで脱出するつもりだ。 シルフィードは近くの森で待機している。タバサの合図があればすぐにでも駆けつけてくれるだろう。 すべての準備を整えたタバサは、魔王の城へと目を向ける。 明かりはほとんど点いておらず、城門前には門番らしき者もいない。だが、中庭には鳥の顔をしたゴーレムの姿が確認できる。 おそらくあれが見張り番なのだろう。城に侵入するには、あのゴーレムを避けて通らなければならない。 タバサは一つ息を吐くと、ゴーレムに見つからないように魔王の城へと向かっていった。 運良くゴーレムに見つからずに、タバサは城に侵入することができた。 あとは魔王を探すだけだが、この広い城内で魔王を見つけるのは容易なことではない。それに、城内に魔王の手下がいないとも限らないのだ。 タバサは気合を入れなおすと、静まり返っている城内を歩き始めた。 しばらく歩いていると、薄暗い城内の中で明かりが灯っているのが目に飛び込んでくる。 素早くその場所に向かったタバサだったが、そこは魔王の部屋ではなかった。 明かりが灯っていた部屋はこの城の厨房のようで、中ではメイド服姿の少女が一人で料理を作っている。 後ろから見た少女の耳は細長くはなく、少女がエルフではないことがすぐにわかった。魔王が人間の少女に食事を作らせているのは驚いたが、今は少女を気にしている場合ではない。 タバサはすぐにこの場所を離れようとしたが、あることに気付き途中で足を止めた。少女の後姿をどこかで見たような気がしたのだ。 だが、すぐに気のせいだと思い、その場を離れる。いつまでもここで無駄な時間を使うわけにはいかなかった。 次にタバサが訪れた場所は城のホールと思わしき場所だった。魔王が現れる前は、ここで華やかなパーティーが開かれていたのであろう。 タバサが薄暗いホールを進んでいくと、中央に何かあるのに気が付いた。近付いて見てみると、それが台座に乗った石像であることがわかる。 石像は剣を手に持ち、鎧を身に纏った男の姿をしていた。なぜこんな物が城のホールにあるのか、タバサには検討もつかない。 その時、ふと辺りを見回したタバサは、他にも石像があることに気付いた。中央にある男の石像を囲むように、全部で七体の石像がホールに置かれている。 石像の姿はすべてばらばらで、普通の人間から翼のないドラゴンのような生物まで実に様々だ。中庭にいたゴーレムの姿と同じ物もある。 嫌な予感がしたタバサは、この場からすぐに立ち去ろうとしたが、どうやら少し遅かったようだ。 すでに魔王はタバサの前にその姿を現していたのだから…… 「我が名は……魔王オディオ……」 魔王の姿は街で聞いた話と同じだった。大柄で黒のローブに鎧と兜を身に着けている。 だが、魔王の声はその姿とは裏腹に甲高く、まるで少女のようだ。 (早く逃げないと……) 魔王の正体は気になるが、今はそんなことを考えている場合ではない。見つかってしまった以上、この城から脱出するのが先決だ。 すぐさまタバサはシルフィードを呼ぶために口笛を吹こうとする。 「逃げられないわよ……この私からは……」 次の瞬間、まるで地震が起こったかのようにホールが揺れ、辺りが暗闇に包まれる。 何も見えない暗闇の世界が晴れた時、タバサの前には常識では考えられない異様な光景が広がっていた。 「どうなってるの?」 タバサがいたはずの城は跡形も無くなり、外は夜のはずなのに夕焼けのような赤い空が広がっている。 辺りを見渡しても、前方に大きな穴が開いている以外はでこぼこした地面が広がっているのみで、城どころか木の一本すら生えていない。 シルフィードを呼びたくてもこれではどうしようもない、この場所は先程いた場所とは明らかに異なっている。 突然変な場所に飛ばされてしまったタバサが戸惑っていると、目の前に恐ろしいものが姿を現した。 現れたのは巨大な目と大きな口、そして鳥の羽のようなものに包まれた奇妙な物体である。目は二つあり、タバサのことをじっと見つめていた。 あまりの恐怖と驚きで、その場に尻餅をついてしまったタバサの目にさらに恐ろしいものが飛び込んでくる。それは地面から伸びている人間の手だった。 今まででこぼこした地面だと思っていたものは、石になってしまった人間が折り重なってできたものだったのだ。 恐怖で固まってしまったタバサの前に巨大な目が迫ってくる。 それに気付いたタバサは魔法を詠唱しようとするが、巨大な目に見つめられた瞬間、急に眠気が襲ってきた。 それが巨大な目の攻撃だとわかっていても、耐えられない強烈な眠気の前に、タバサはあっけなく意識を手放してしまう。 タバサの目に最後に映ったのは、鋭い歯と光る目を持つ魔王と呼ぶに相応しい怪物が空に浮かんでいる姿だった。 「いつまでもそんなところで寝てると風邪ひくわよ」 その声を聞いた瞬間、タバサは跳ねるように飛び起きた。目の前には、黒いローブを着た小柄な人物が立っている。 声で女性だとわかるが、ローブのフードのせいで顔はよく見えない。 「ここは……」 タバサが立っていたのは魔王の城のホールだった。周りを見渡しても、巨大な目や人間でできた地面は確認できない。 唖然としていたタバサだったが、すぐに足元に落ちている杖を拾い上げ、目の前にいる人物と距離をとる。 「あなたは誰?」 「さっき名乗ったでしょ」 「……魔王」 「そうよ。あの世界に戻りたくなかったら、今すぐここから立ち去りなさい」 この人物が本当に魔王なのかはわからない。だが、今は魔王の正体より、この城から脱出するほうが先である。 罠の可能性もあるが、もし本当に見逃してもらえるのならば素直に従ったほうがいいだろう。 それに、ここで逆らって命を落とすわけにはいかない。やらなければいけないことはまだたくさん残っている。 そう考えたタバサは、辺りを警戒しながらホールの出口に向かっていく。 その時、魔王を名乗る黒いローブの人物がタバサに話しかけてきた。 「一つ忠告しといてあげるわ」 黒いローブの人物がその言葉を発した瞬間、今まで静寂に包まれていたホールに異変が起こる。 ホールに置いてある石像の目が一斉に光りだしたのだ。その異様な光景にタバサは思わず身構えてしまう。 だが、黒いローブの人物はそんなタバサの様子を気にもせずに、ある言葉を告げる。 それは、全てに裏切られ魔王となってしまった青年が英雄達に語った最後の言葉と同じものだった。 「憎しみがある限り、誰でも魔王になる可能性がある。あなたも魔王にならないように気をつけることね」 ルイズはタバサが城から出た後もホールに残っていた。その手にはデルフリンガーが握られている。 「相棒。さっきはなんであんなこと言ったんだ?」 「別に深い意味はないわ。ただ、あの子も憎しみを抱いているようだから、少し助言してあげただけよ」 デルフリンガーの問いかけにそう答えると、ルイズは目深に被っていたローブのフードを脱いだ。 「あの娘っ子も魔王退治に来たのかね?」 「そうは思えないわ。最初から戦う素振りは見せなかったし、おそらくは偵察でしょうね」 「ガリアの王様の命令でやってきたって訳か」 「たぶんね。やっぱりガリアの動向には注意しないといけないようね」 他の国と違い、ガリアだけは書状を送っても魔王と戦う姿勢を見せている。 なんとか戦いを避けようとしていたルイズだったが、ガリアとの戦いは避けられそうになかった。 「しばらくはトリステインに帰れそうにないな」 「そうね。ガリアの件もあるし、テファが女王になってアルビオンが落ち着くまでは帰れないわ」 ルイズはティファニアにアルビオンの女王になってもらおうと考えていた。 マチルダから、ティファニアは前アルビオン国王ジェームズ一世の弟の娘であると聞いているので、血筋的にも王家を継ぐには申し分ない。 すでにロンディニウムでは人気者なっているようなので、これからアルビオン中にティファニアのいい評判を流していくつもりだ。 ちなみにマチルダは土くれのフーケの本名である。 マチルダの父親がティファニアの家に仕えていたらしく、ティファニアとエルフである彼女の母親を匿っていたらしい。 だが、そのせいでアルビオン王家により家名を取り潰されてしまう。 その後、マチルダは盗賊になり、両親を殺されたティファニアは森の中の小さな村に隠れ住んでいたとのことだった。 しばらくルイズとデルフリンガーが話していると、誰かがホールに入ってきた。 といってもタバサが去った今、この城にいるルイズ以外の人間は一人しかいない。 「ルイズ様、食事の用意ができましたよ」 「今、行くわ」 ルイズが魔王になった後も、シエスタは今まで通りルイズの世話をしている。変わった事といえば食事を一緒にするようになった事ぐらいだ。 もうルイズにはシエスタがいない生活は考えられない。魔王となってしまったルイズの心の支えがシエスタだった。 もし、シエスタがいなかったら間違いなくハルケギニアを滅ぼす魔王になっていただろう。 「今日はルイズ様の好きなクックベリーパイもご用意してますよ」 「本当! シエスタのクックベリーパイはおいしいから楽しみだわ!」 「普段はクールに振舞ってるけど、まだまだ相棒は子供だな」 「う、うるさいわね!」 シエスタはルイズとデルフリンガーが騒ぎ出したのを微笑みながら見守っている。 その時、ふと視線を感じたシエスタが振り向いてみると、中央にある石像が目に映った。ルイズがよく眺めている剣士の石像だ。 このホールにある石像は恐ろしい姿をしているものが多い。だから、シエスタは普段はあまり石像を見ないようにしている。 だが、剣士の石像は想像していた恐ろしい表情ではなく、どこか薄く微笑んでいるような優しい表情をしているようにシエスタには見えた。 これから先、ルイズには様々な困難が待ち受けている。 いずれは再び力を使い、魔王オディオとなる時が来るかもしれない。 だが、ルイズが本当の魔王になることはないだろう。 彼女のことを信じてくれる人が一人でもいる限り…… 前ページZERO A EVIL
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6492.html
前ページ次ページ鋼の使い魔 「『正拳』!『裏拳』!」 硬く握り込まれたアニエスの拳が縦横に伸びた。取り巻く敵兵の顎を石榴に砕き、肋骨が小枝のようにへし折れる。 二つ折りになって斃れようとする敵兵を蹴り飛ばし、押し迫る兵士を前に視界を切り開くと、腕を引いて構えを作る。そして軽く息を吐いた。 「『鬼走り』!」 口述し技のイメージを明確にする。そして引いた拳を素早く突き出した。空を切った拳の拳圧が大気を貫いて、大砲で薙いだように前方にいた兵士達を打ち散らす。 「ぐっ!」 「げあっ!」 「げおるぐっ!」 拳圧を受けて兵士の身体は破裂音と共に弾かれる。斃れて吐き出す血は内蔵を潰されて黒々としていた。 斯く、アニエス率いる銀狼旅団はトリスタニアの軍人…いや、ブリミル以来の四国に根差した軍人の想像すらしなかった戦法と戦力で、押し迫るアルビオン軍を好く防いだ。しかし銀狼旅団全員がアニエスと同等の戦闘力を有しているわけではない。アニエス自身も突出しすぎないように味方の位置を把握し、徐々に後退しながら戦っていた。 「擲弾!擲弾!」 アニエスは号令を飛ばしてから首に提げた竹笛を吹く。笛の音を聞いて戦っていた銀狼旅団員は懐の金属球を敵陣に向かって投げた。 投げた金属球には火のついた紐がついており、紐の先は球の中に詰められた火薬に繋がっていた。 数拍後、敵兵集団の内部数箇所で爆発が起きる。爆発の範囲内にいたアルビオン兵は爆風と飛散する破片を受けて悲鳴を上げて斃れた。 その隙を突いて銀狼旅団が素早く後退すると、今度はアストン伯の部隊が前方に出て素早く練金【アルケミー】を使った。 「あぁっ!」 擲弾に気をとられていたアルビオン軍は、地面の揺れに前方を見直して驚いた。 それまであった開けた街道に、草の生えるように地面から石板が持ち上がったかと思うと、一瞬の内に巨石を並べたような『砦』が出来上がっていたのである。 地上のアルビオン軍はその時知らなかったが、この砦はアルビオン軍側に見えるほんの一部だけが砦として機能するようになっている。 土の工作に長けた専門のメイジではないアストン伯達が、アニエスらと図って創り出した張りぼての砦だった。 張りぼてとはいえ砦は砦。銀狼旅団の切り込みを受けて体勢の崩れていたアルビオン軍は、あとわずかで村に入れる位置まで進みながらその足を止めざるを得なかった。 「ロベルト大爺ちゃーん!」 村の方々に火の手が上がっている中、ヴィクトリア・ナイツ『シエスタ』はロベルトの宿『北の門』亭へ避難者の中にいなかったロベルト老人を探しに来ていた。 『北の門』亭は奇跡的に火災を免れていた。――村の火災の多くは避難の時の混乱でおざなりになった火始末が原因のようだった――宿は中に居た人が大急ぎで出て行ったせいか、普段より幾分か散らかっていた。 「大爺ちゃーん!!」 「そんなに大声を出さなくても、聞こえてるよヴィクトリア」 シエスタの声に応じ、のっそりと店の奥からロベルトが出てくる。その背格好から怪我をしている様子もなく、シエスタは安堵した。 「大爺ちゃん!無事だったのね。…その弓は?」 ロベルトの節くれた手には弓矢が握られていた。腰には矢筒も提げている。 「ふふ。賊が来ると聞いて血が騒いでな。一丁この『静弦の弓』で追っ払ってやろうと思ってね。物置から引っ張り出すのに苦労したよ」 ロベルト老は不敵に笑いながら弦の張り具合を見るように弓を引いては戻しを繰り返している。 「もう、駄目だよ!早く森に避難しないと…」 シエスタはロベルト老の手を引いて『北の門』亭を後にすると、西の森へを行く道へ足を戻した。 と、北の方から慌しい足音と共に、手に銃器や剣、槍を持った者達が広場の方へと駆け込んできた。皆、血と泥に濡れた格好の中、一人煌く銀のコートの者が勇ましく号令を掛けた。 「編成を変えるぞ!バッカス、シェリーは長銃【ハークィバス】、ドロシー、エリーは槍を持て。槍がなければ剣だ」 銃杖を支えに広場のあちこちで兵士達が武器を準備するのを呆然と見ていると、号令を出していた人物はシエスタたちを発見して声を上げた。 「…そこにいるのは誰だ?」 「!!」 コートの人物はシエスタたちを見止めると駆け寄って、老人と少女を見比べて聞く。 「…住人は全員避難したと聞いていたのだが」 「あ、あの…その…」 「敵軍再編成して突撃してきます!」 陣に張り付いていた部下からの報告に、コートの人物は踵を返して再び最前線に舞い戻っていった。 「お、大爺ちゃん。早く逃げるよ!」 ロベルトの手を引いてシエスタは懸命に走ろうとするが、既に背後から猛ったアルビオン兵の怒号が響いていた。 「おおおおぉ!」 「殺せー!切り倒せー!」 無形の殺意が漲る声が聞こえ、すくみ上がってしまったシエスタをロベルトは手を引いてその場から退散するのだった。 『タルブ戦役・四―誘う魔卵ー』 タルブが王軍を一日千秋で待っている最中、王都トリスタニアのノーブルタウン(貴族邸宅街)の一角に建てられたラ・ヴァリエール公爵家別邸の一室。 エレオノールとルイズの二人は父ラ・ヴァリエール公に言われた通り、荷物を纏めて別邸に移っていたが、エレオノールが使用人達に事態の始終を調べるように配り、今エレオノールの手には王宮に残していた使用人から届いた簡素な手紙が握られている。 ルイズは椅子の上で不安と猜疑に縮み上がっていた。一方エレオノールはそんな妹を思いながらも、事態を理解しようと努めて神経の糸を張らせていた。 「…読むわよ」 ルイズは首を振らなかった。それを無視してエレオノールは手紙を読み上げる。 エレオノールは静かに手紙を読んだ。それは伝聞推定の域を出ないものだったが、タルブがアルビオンの軍勢から侵攻を受けているらしいこと。それに向けて王政府が急いで王軍の準備を始めているらしいことが書かれていた。 手紙を読み終わった時、エレオノールは憤りと焦りが混ざり合った顔で手紙をテーブルに投げ捨てた。 ルイズは膝を抱える。上質の皮と綿の打たれた椅子に華奢な体が沈み、顔色がチェリーブロンドの髪に隠れた。 「…アルビオンと戦争になるのかしら」 「…多分ね」 「こんな時の為に姫殿下は輿入れするはずなのに、ね…婚儀前じゃゲルマニアも味方なんてしないわね…」 「そうね…」 エレオノールはルイズの言葉に相槌を打つのが精一杯だった。 しかし目の前の妹は、せっかくの晴れの舞台が沙汰止みになって自失状態なのは明白で、できれば傍にいてやりたかったが、かといって傍でなんて声をかけていいのか分からない。 (ここにギュスターヴ殿がいてくれたら任せられるのだけど…) そうエレオノールが思案に耽ろうとした時、静かに使用人が傍にやって来て礼をする。 「お嬢様。アカデミーの方が面会を希望しております」 「今日は休暇を貰ってるのよ。後にして頂戴」 正直今はアカデミーよりルイズが大事だった。それくらいの甲斐性はエレオノールにも、ある。 「しかし至急エレオノールお嬢様に会わせてほしいと先方が申しております。なんでも、予算の決済がどうとか…」 それを聞いて一層にエレオノールは不愉快な顔をした。世間がざわつき始めているというのに、研究員の連中は自分の研究に使える予算の取り合いの方が大事らしい。 「…姉さま」 それまで黙っていたルイズが顔を上げる。 「お仕事の用事が出来たんでしょう?私は大丈夫だから、そっちに行って」 「で、でも貴女…その…」 「いいの。私は大丈夫だから」 ルイズは笑ってエレオノールに手を振る。 「大丈夫。そりゃあ、せっかく作った祝詞も、賜った巫女役も、全部ご破算になっちゃいそうだけど。…それだけ。それ以外はいつもの私と、なにも変わらないわ」 そう、いつもの…『ゼロのルイズ』に戻るだけ。 「ほら、待たせちゃいけないわ。行ってらして、姉さま」 そう念を押されると、エレオノールも抗弁してやれなくなってくる。どこか脱力気味に使用人へ「私の部屋に案内しなさい。そこで話を聞くから」とだけ言って、ルイズの前を辞していく。 そして部屋にはルイズと、部屋つきの使用人が一人だけになった。 使用人から話しかけるはずもなく、ルイズは陽光の入り込む窓から遠い椅子に座ってあらぬ彼方を眺めていた。 「……ねぇ、貴方」 暫くの無言の後に、ルイズは使用人に声をかけた。 「一人になりたいの」 不気味なほどに無感情な声で、そう言った。 使用人が困惑しながらも部屋を出て行くのを確認して、ルイズはテーブルに突っ伏して、啼いた。 声は出ない。呻きも無い。使用人を下がらせた時と変わりない無表情、無感情のままとろとろと透明なものが溢れて毀れる。 一方で、そんな涙を流す自分を冷たく見透かす自分がいることも気付いていた。 (何を泣いているの?貴族らしい証が立てられるはずだったのに、それが立ち消えになったから?国難に何も出来ない無力な自分だから?ちゃんちゃら可笑しいわ。私は『お前は』魔法の使えないオチコボレ。泣くほどの資格も価値もないわ…) 冷ややかに自分を詰っても、涙は止め処なく流れる。どうしようもないという自覚が、神経をがさがさと引っかいて、小さな胸がギリギリと軋んだ。 「……」 ふと、ルイズは立ち上がり、部屋の隅にある机に投げ置いた自分の鞄を手に取った。 (ゲルマニアの加勢が無い以上、トリステインは勝てないわ。負けなくても、もうボロボロ。婚儀の為に作った祝詞も、もう要らないわね…) 塗りこめた黒い洞のような気分が心を覆っていく。何日もかけて作った祝詞が、熱心に心砕いていた過去の自分を思い出させて不快だった。 ルイズは祝詞を書いた原稿を破り捨てようと鞄を開け、中をまさぐった。すると、手先に不自然な温もりを感じた。日向に置かれていたわけではないのに、手の触れる箇所は犬の腹を撫でたような暖かさがある。 「……『始祖の祈祷書』」 それは鞄の中に入っていた始祖の祈祷書だった。古ぼけた装丁の古書を引き抜くと、間違いなくそれはルイズの両腕の中で小動物の体温のような暖かさをルイズに感じさせたのである。目を閉じると、本自体が脈を打っているような錯覚さえ与えた。 ぼんやりとルイズは、特に理由もなく『祈祷書を開いてみたくなった』。手は吸い付くように祈祷書の表紙を掴み、僅かな重みもなく本が開かれる。 「…ッ!」 開かれた面を視界に収めた瞬間、ルイズは背筋を蟻が這い回るような戦慄と、同時に少し前に食べたパイが身体を逆流するほどの嘔吐感に襲われた。それでもルイズの視線は開かれた祈祷書に釘付けにされたように動かない。いや…動けなかった。 「字が…浮かび上がっている…?」 それはかろうじてルイズにも『字』なのだろうと分かった。白紙とされ、現に昨日まで真更だった祈祷書のページを、インクで書いた真新しい文章が端から端まで埋め尽くしていたのだ。 だが、それはルイズにとって『字』として認識できても意味が読み取れるものではなかった。祈祷書に浮かんだ文章はルイズの知るハルケギニア文字の、いかなる文体とも異なる、まったく未知の文字で綴られていたのだ。しかもそれは、肉の如き温度を持つ祈祷書に合せるかのようにうねり、ページの上を這い回り、刻一刻と文章の構成を変え続けるのだ。 「なに…これ…?!」 ルイズの視線は揺れ動いた。ルイズの眼球は本人の意思を無視して、ページを覆う蠢く文字列を舐めるように読み続けるのだ。 しかもルイズは不思議なことに、文章の『意味』が分からないのに『理解』していた。それは文章の読解というより、見えたままが頭の中に焼きついていくような感覚だった。 (『異界に…混ざる…吾らの血…ふたたび……これを…開いて…始まりの…荒野に…赴くべし…』) 感覚が針のように研がれていく。意識が徐々に遠くなるのに、五感に感じられる全てがどんどん広がっていく。 祈祷書の文章を読む度に、ルイズの身体は意思を離れて勝手に動く。ページがめくられ、またうねる文章を見せられる。ページを捲る指にあった『水のルビー』が視界の端で眩しいほど輝いていた。 (『…命…集め…旅立つ…』) そこまで読んだ瞬間、ルイズは視界が真っ黒になった、と感じた。視界だけではなく、研いだように鋭くなっていた五感も、何もかもが覆い隠されたように感じなくなる。その何もない感覚の中で、ルイズの意識は次第に遠く、薄らいでいった……。 「お嬢様…?」 ルイズに部屋を追い出されていた使用人は暫くして、気晴らしをしてもらおうとお菓子を持って部屋に戻ってきた。 部屋に入ると、ルイズは窓を向いて立ち尽くし、その左手では大きな古書を広げていた。 「気晴らしにでもと、お菓子をお持ちしま…!?」 ルイズが使用人の声に振り向く。使用人は『それ』を見た驚きに、菓子を乗せた盆を大きく揺すらせた。ルイズの特徴的な鳶色の瞳が、妖しく透ける金色に変わっていたのだ。 ぱくぱくと驚きで声が出ない使用人を、ルイズは小首をかしげて眺めたかと思うと、ニコッと嗤って呟いた。 「『吸収【サクション】』」 「ッ!?」 ルイズの声を聞いた使用人は落雷に打たれたように身体を痙攣させた。そして口や耳、身体の穴という穴から青白い気体の様なものが漏れ出し始め、それは目の前のルイズに向かって流れていった。 「ぁ…ぁ…ぅ…」 気体が漏れ出て行くと同時に使用人は倒れた。顔面を蒼白にし、呼吸がか細くヒューヒューと鳴っている。 「『やはり一人じゃ足りないわね。もっとたくさん要るわ』」 倒れた使用人を、ルイズは変貌した金の瞳で見下ろしていた。 「『タルブが戦場になるって、姉さまが言っていたわね』」 手の上では『水のルビー』を填めた指が抱えるほどある『始祖の祈祷書』をくるくると回していた。 「『この者の記憶の中に、何故かあれがあるらしいことが残っているわね。丁度いいわ。持って行きましょう』」 名案を思いついた、と言わんばかりにぱぁっと明るい表情で、ルイズはさらにくるくると祈祷書を回す。 いや、ルイズ自身が回しているわけではなかった。祈祷書自体が高速でルイズの指先で回っているのだ。祈祷書は徐々に回転の速度を上げると、ある速度でぐにゃりと粘土のように潰れた。祈祷書はぐにぐにと内側へ曲がっていく。 祈祷書は最後、ルイズの片手に収まる大きさの、『卵』に変貌した。 『飛翔機』による初飛行を成功させたギュスターヴは、上機嫌で地下厨房にやってくると、普段よろしくマルトーの賄いを食べていた。 「おお、そうだ。ギュス、お前さんにさっき早馬で手紙が届いてたぜ」 「手紙…?」 パンにペーストを塗っていたギュスターヴの手が止まる。 「商売を始めて手紙を貰う数が増えたみたいだな」 「まぁ、そう頻繁に王都に出られないからな…」 マルトーの懐から出された封筒を見て、ギュスターヴの眉間が寄った。 「…マルトー。これは本当に俺宛なんだな」 「え?あ、ああ。そう聞いてるが」 ギュスターヴは神妙な面持ちで封筒を見た。封筒は朱色の紙で作られたものだ。封は切られていないが、蝋止めの部分に三つ葉の印が入っている。 (ジェシカからだな。緊急の知らせか…) 無造作に封を開いて中身を読む。急いで書いたらしく、誤脱字を訂正する横線が各所にあり、また文体もあまり綺麗ではない。 しかしギュスターヴの目はそんなことよりも書かれている内容に向けられた。脳裏に電撃が走る。 (アルビオンと開戦だと…!しかも、タルブが戦場になるなど…!!) 手紙を見た瞬間様子の変わったギュスターヴにマルトーが不安げな声をかける。 「お、おい。一体どうしちまったんだよ…」 「マルトー、悪い。用事が出来た…」 そう言ってギュスターヴは地下厨房を飛び出した。行き先は、コルベール研究塔…。 研究塔前で『飛翔機』の整備をしていたコルベールに、ギュスターヴはトリステインがアルビオンと戦争状態に入ったらしい事を伝えた。 コルベールは一瞬暗い顔をしたが、すぐに平静を装った。 「おそらく王軍が直ちに編成されてタルブに向かうでしょう。もしくはアルビオン側と交渉の場を用意しようと準備しているかもしれません」 「交渉?占領行動をとろうとしている連中と交渉などできんでしょう」 椅子に腰掛けてギュスターヴは頭を抱えた。抱えた影の顔で脳裏に思い描く。 (王軍が出立するまでにタルブはかなりの被害を受けるだろう。こちらの軍事は完全に把握できているわけじゃないが、おそらく空軍による地上攻撃はされる。盆地になっているタルブで、万一避難し損ねたとしたら……) 一家の世話にはなりたくない、と言っていたロベルト老の言葉がよぎる。 「…そういえば、シエスタと言いましたか。あの子の故郷がタルブでしたな…」 コルベールも彼なりに見知った少女の身を案じているらしい。 不安な面持ちでギュスターヴが顔を上げたその時、学院の連なる塔から爆発音が轟いた。 「「!!?」」 音は間近ではなく、もう少し遠くからのようであった。見上げると、何処からか上がった煙が空に細く垂れていた。 「女子生徒寮からのようですな……っ?!」 コルベールは我が目を疑った。遠くに見える女子生徒寮の窓から何かが飛び出したのである。 しかもその飛び出したものは地面に落ちるかに見えたが、落下の途中でフッ、と音もなく消えた。 「『ただいまギュスターヴ』」 「!」 コルベールとギュスターヴの背後から聞き慣れた、だがどこか雰囲気の変わった声が聞こえる。 振り向けば、そこにはルイズが居た。その手には卵のような物体と、暴き出された『灼熱に光る』ファイアブランドが、握られていた 「ルイ…ズ…?」 唐突に現れたルイズの豹変は、ギュスターヴへ無意識の内に警戒感を感じさせるほどだった。 「『ええ、私よ。ちょっと色々あって、これからタルブまで出かけなきゃいけないの』」 透けるほど綺麗で不気味な金の瞳が二人を見ていた。 「み、ミス・ヴァリエール…その姿は、一体…」 「『コルベール先生、お力をお借りしますわ』」 「は?」 コルベールの返事を待たず、ルイズは卵を握る手をコルベールに向けて呟いた。 「『吸収【サクション】』」 「っ?!」 その瞬間、コルベールの身体が磔にされたように固まり、体中を雷撃で打たれたかのような痙攣が襲う。 「がぁっ…ぁぁッ……っ?!」 痙攣するコルベールの身体から漏れ出した青白い気体が、どんどんとルイズの身体に吸い込まれていく。 「ルイズ……何を…」 目の前の出来事にギュスターヴも追従できずに唖然としていた。一方ルイズは、どこか満足げに痙攣するコルベールを眺めていた。 「『あぁ、素晴らしいわコルベール先生。貴方のアニマは鍛えられていて充実しているわ』」 「何をやっているんだと聞いているんだルイズ!コルベール師に何をしている!アニマとはどういうことだ!その手のファイアブランドは一体」 「『煩いわよ』」 ルイズの声と同時にギュスターヴの目の前に炎の壁が押し寄せた。炎の壁はルイズの手にあるファイアブランドが振られたことで発生した『炎の術』の固まりだった。 「ぐっ?!」 不意打ちを食らったギュスターヴは火達磨になって地面に叩きつけられた。そうしている間にも、コルベールの体から抜け出た青白い気体はあらかたルイズに吸い込まれてしまう。 「がふっ」 「『ご馳走様でしたコルベール先生。これでタルブまで行けそう…』」 うっとりと空を見上げるルイズ。手の卵がどくり、と脈打った。 「タルブで…何を……するつもりだ…」 「『あら、生きてたのねギュスターヴ』」 倒れていたギュスターヴは、身に着けている衣服こそぶすぶすと焼け焦げていたが、身体自体には殆ど傷を受けていなかった。どうにか立ち上がり、変貌したルイズを睨みつけた。 「『もっと沢山のアニマが要るわ。命を煌かせる場所に行きたいの。そう、例えば戦場にね』」 冷ややかな金瞳は、ギュスターヴを果たして見ているのだろうか。 「『ギュスターヴ。あんたに用はないわ。あんたって空っぽなのね。コルベール先生にはあんなに満ち足りたアニマが入っていたのに』」 「人を入れ物のように言うんじゃない」 軽薄に話すルイズに渇して叫ぶギュスターヴ。だが、ルイズは興味を無くしたのか、空を見た。 「『行くわ。さようならギュスターヴ』」 そう言うと、ルイズの身体は真っ黒な影のようになって消えてしまった。 トリスタニア北西5リーグの地点では、急遽編成された王軍総勢3000人の兵士達が整列していた。 居並ぶ兵士達を前に立つのはアンリエッタだ。拵えたきりで長らく袖を通していなかった戦装束に身を固めている。 「我がトリステイン王国の名を与えられた兵士一同。私達はこれよりタルブに入り、アルビオンの軍勢と戦います。彼の者を吾らの国土から追い落とすのです」 歓声で兵士達は応え、トリステイン王国軍は一路、タルブに向かって進軍を開始した。 前ページ次ページ鋼の使い魔
https://w.atwiki.jp/daoine/pages/436.html
カルネリア公国(PixivファンタジアⅤ) トライガルド帝国西部にある島および公国。 首都は商工都市ノヴァ・カルドア、指導者はカルネリア公カルメン カルネリア公国。カルネリア島。(⇒ルベル島) トライガルド西部、ルベル島(カルネリア島)にある公国。 アルビオン侵攻におけるカルメンのセリフから、 その建立には小さくない戦いが伴ったと思われる。 エデリオン戦役ではカルネリア艦隊と攻城兵器の存在が確認できる。 ■ 語源は恐らくCarnelian(カーネリアン/紅玉髄) .
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2639.html
ルイズが召喚したのは「一休さん」だった 使い魔の契約を交わした一休はせっせと仕事に励んだが、粗末な食事では口寂しくなる 「ルイズさん、そのクックベリーパイをわたしも食べたいです」 「こ…これは毒よ!貴族以外の者が食べたら死ぬのよ!」 一休は坊主頭に刻まれたルーンにツバをつけた ……ポクポクポクポク……チーン…… 一休は翌日、ルイズの朝食を平らげ、デザートのクックベリーパイも全部食べてしまった 「ルイズさんの食事を食べてしまったので、これを食べて死んでお詫びをしようと思ったんです」 そんな一休も恋はわからんちん、ある日ギーシュに因縁をつけられ、決闘をする羽目になる 喧嘩はからっきしの一休は頓智を利かせる ……ポクポクポクポク……チーン…… 「ギーシュさん、あなたが魔法で出したゴーレムはとても大きくて力が強い そこでこのご飯粒をぼくとゴーレムさんのどっちが早く糊に出来るか競争しませんか?」 (*話のオチは忘れたので各自補完下さい) 一休はワルドと対決するが、アゴがケツのように割れたワルド子爵は一休の頓智にお手上げ 「一休さんそれはないですよぉ、拙者は困るでござる」 そんなこんなである日、シエスタがモット伯に攫われる事件が起き、一休は解決のために一肌脱いだ ……ポクポクポク……チーン…… 「モット伯、最高にいい女をご所望でしたら、この一休がご用意いたしましょう」 一休はモットを軍隊の新兵訓練に放り込み、数日に渡って女ッ気無しのシゴキを体験させる 訓練が開けた後、一休が連れてきたのはモット伯の古女房、伯爵の側近は一休に詰め寄るが モット伯は「なるほど、そちは最高にいい女を連れて来てくれた、大儀であった」 その後、7万のアルビオン軍を止めてくれと命令した将軍に 「それでは将軍様、アルビオン兵をサウスゴーダから追い出して下さい」と頓智で返したり ガリアとの国境の橋で、「この橋渡るべからず」の立て札を見て真ん中を渡ったり 一休は使い魔として活躍し、ワルド右衛門さんやアンリエッタ殿様は薫陶を受けた 「一休、そちはこのルイズの使い魔じゃ、勝手にいなくなったら許さんぞよ」 (*)史実の一休和尚は酒も女もやり放題の破戒坊主で、応仁の乱で荒んだ人心に徳を積むべく尽力したそうです
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8863.html
前ページ萌え萌えゼロ大戦(略) (シンさんはMI6にいたわけじゃないはずだけど……) エミリーは内心そう思ったが、だからといって諜報活動ができない わけではない。それでも、今までシンにそういう任務を与えていたのも、 このタイミングで秘密にしていた小隊を白日の下にさらしたのも、 間違いなく目の前のアンリエッタ姫。その理由が、エミリーには理解 できなかった。 そして、シンはエミリーの質問には完全な答えを出さなかった。 「そのことはノーコメント。でも、ボクが今日この村に到着すると 知らせたから、姫殿下はこうして足を運んでくださったわけで」 「そうなのですか?それではどうしてアニエス隊長にも内密に事を 進めたのですか?」 「後顧の憂いを絶つ絶好の機会だから、ですわ。それに、わたくしの 師であるあかぎさまが目覚めたと聞いてご挨拶にも伺わないとは失礼にも ほどがあります」 アンリエッタ姫はそう言って目の前のエルザを納得させる。真の理由を 知るワルドはその滑稽さに思わず笑みを漏らしたが、素性が良いだけに それすら様になるだけだった。 アンリエッタ姫がエミリーたちに案内されてシエスタの家に到着した時。 そこにはルーリーとティファニア、チハもいた。アンリエッタ姫到着の 報を聞いて、あかぎは思わず溜息を漏らす。 「……今日はなんだかすごい日ね。はぁ~」 「ずっと眠りに就いていた恩師が目覚めたと聞いて駆けつけない弟子は おりませんわ」 アンリエッタ姫が通された食堂には、今この五人しかいない。あかぎの 態度にも動じないアンリエッタ姫に、あかぎは一言釘を刺す。 「私は確かに『女の子の武器はここぞという時には最大限に使いなさい』とは 教えたけれど、だからといってこういうことは感心しないわね」 「今がそのときですわ。あかぎさま。できうるならば、もっと教えを 請いたいと思います」 「それは私に参謀になれ、ということかしら~?」 ジト目でアンリエッタ姫を見るあかぎ。だが、アンリエッタ姫は信念を 持った目でそれに応えた。 「そうであって欲しいと思っておりますわ。それに……」 アンリエッタ姫は視線をティファニアに移す。 「はじめましてティファニア。わたくしはアンリエッタ・ド・トリステイン。 あなたの従姉です」 「え?あ、あの……は、はじめまして……」 アンリエッタ姫の雰囲気に、ティファニアは完全に呑まれてしまっていた。 おどおどと返答をするティファニアに、アンリエッタ姫はにこやかに 微笑んだ。 「わたくしがこの村に急ぎ足を向けた理由は二つ。一つ目はあかぎさまに ご挨拶すること。そして、もう一つは……」 アンリエッタ姫はそこでいったん言葉を切る。そして、ティファニアに 向き直った。 「ティファニア。あなたに、王族としての務めを果たしてもらいたいと 思ったからです」 「は、はいっ!?」 ティファニアはその言葉に心底驚いた。そして、あかぎとルーリーは その表情に険しさを加える。 「……そういうこと、ね」 あかぎは一際大きな溜息をつく。だが、ティファニアはその溜息の 意味に気づかず、ただおろおろとするだけ。そこにアンリエッタ姫が たたみかける。 「ティファニア。あなたのご両親、モード大公とシャジャルどのを粛清した 王家を恨んでいるでしょう。ですが、王家なき今のアルビオンは、 簒奪者どもの手によりこのハルケギニア全土を巻き込む戦乱を企てる 悪しき国となってしまいました。始祖の系統たる王家を復興し、 アルビオンを元の平和な国に戻すには、あなたの力が必要なのです」 アンリエッタ姫はそう言ってティファニアの手を取る。 「わた、わたし……が?」 「ええ。あなたの従姉として、わたくしが支えます。このタルブに 身を寄せているアルビオンの民を率いて、起ってもらえますか? 正当なアルビオン王家最後の姫であるあなたが旗を掲げれば、彼らは すぐにあなたの元にはせ参じることでしょう」 「わたしが?アルビオンを……取り戻す?」 ティファニアはチハとあかぎ、ルーリーに視線を移す。だが、門外漢の チハはそれに明確な回答を持たず、あかぎとルーリーは無言のまま。 誰も救いの手をさしのべてくれない状況で、ティファニアは下を向いて 思案する。 「……わたしに、そんな資格……あるのかな?だって、わたしは……」 『まじりものだし』――そう言おうとしたティファニアの唇に、 アンリエッタ姫の指先が触れた。 「あなたはあなた、そうではありませんか?ティファニア? 誰に恥じることもない。あなたはアルビオン王弟モード大公と、 騎士シャジャルどのの忘れ形見。大きな心ですべてを受け入れ愛した 大公と、勇敢さと優しさを兼ね備えた騎士の娘。 それ以外の何だというのです?」 「アンリ……エッタ……」 顔を上げるティファニア。その目の前には、優しく微笑むアンリエッタ姫の 顔があった。 「もし……わたくしとあなたの立場が逆であったとしても、わたくしは 王権復興のために立ち上がることでしょう。それが、王家に連なる者の 宿命(さだめ)なのですから」 そう言って、アンリエッタ姫はティファニアの頭を優しく抱きしめる。 「……本当に、わたしで、いいのかな……こんな、わたしでも」 そうつぶやいて目を細めるティファニア。その様子にルーリーが アンリエッタ姫に注進しようとしたまさにそのとき。家の外からこの世界には 未だあり得ない音――レシプロエンジンの高回転ピストン音――が響き渡った。 それから間を置かず、食堂に三人の女たちが入ってくる。 先頭で息せき切るのはマチルダ、そしてルイズが続き、最後がふがく。 三人の闖入者にティファニアとチハは驚いたが、アンリエッタ姫やあかぎ、 ルーリーは動じなかった。 ルイズのおかげで遅くなったものの、ふがくに目一杯飛ばしてもらって タルブの村までやって来たマチルダだが、銃士隊の制止を振り切って シエスタの家に乗り込んだ時――自分は遅かったのだと知った。 そこにはアンリエッタ姫と以前魔法学院で出会った魔法衛士が、 あかぎやルーリー、そしてティファニアたちと一緒にいた。ティファニアは マチルダたちが乗り込んだ時にアンリエッタ姫の手を握って怯えた表情を 見せたが、それがマチルダだと知ってまた驚いた顔を見せた。 「マ、マチルダねえさん?」 「あら?どなたかと思えば……サウスゴータどのではありませんか」 ティファニアを抱いた姿勢のまましれっと言い放つアンリエッタ姫に、 マチルダは頭にかあっと血が上るのを抑えきれなかった。 その横で、ルイズは事情が飲み込めずに困惑する。自分が連れて行けと 駄々をこねて出発が遅れたからこうなった?でも、あかぎの家には アンリエッタ姫とワルド子爵がいて、それにアンリエッタ姫に抱かれるように 怯えた風を見せる見たこともない綺麗な女の子と、どことなく気弱そうな 雰囲気のある、こちらも見たこともない鉄の鎧を身につけた黒髪の少女。 そしてアンリエッタ姫はロングビルに向かって『サウスゴータ』と言った。 ルイズの記憶では、それは四年前にアルビオンで起こった内乱、 『モード大公の叛乱』で逆賊側に付いた貴族の家名だ。思わずマチルダに 視線を移すルイズを横に、マチルダは舌打ちした。 「……やってくれたね。お姫様」 「あらあら?なんのことでしょう?」 マチルダの貫くような鋭い視線を柳に風と受け流すアンリエッタ姫。 それがいっそうマチルダの激情を呼び覚ます。 「ざけんじゃあないわよ!あんた、テファにいったい何を吹き込んだ!」 「控えよ。ミス・サウスゴータ」 今にもつかみかからんとするマチルダに、ワルドがそう言って掣肘する。 いつの間にその位置に移動したのか、アンリエッタ姫の後ろに控えていたはずの ワルドが、後ろからマチルダの肩を掴んでいた。 「な……いつの間に」 「トリステイン王国第一王女アンリエッタ・ド・トリステイン殿下の 御前である。言葉遣いに気をつけたまえ」 ワルドはそう言ってマチルダに自制を要求する。ルイズには、そんな ワルドの様子に違和感を覚えた。そしてアンリエッタ姫にもう一度視線を 移して――まだ彼女に抱かれたままのティファニアの耳にようやく目が 行った。 「……エ、エルフぅ~っ!?」 驚愕に目を見開くルイズ。 だが、そのリアクションはルイズただ一人だけだった。 「……何かおかしな事でもありましたか?」 と、アンリエッタ姫。 「彼女、ティファニアちゃんはシャジャルちゃんの娘だから~。 別におかしな事はないわよ~」 と、あかぎが言う。ワルドも、あかぎの横にいるルーリーも、事情を 知っているためか何も言わない。この世界でエルフが人間からどう思われて いるかなど知らずティファニアと一緒にいたチハは別段驚くことなどなく、 チハと同じくこの世界のエルフのことなど知らないふがくも驚くことはなかった。 そんな周りの反応に、ルイズは思わず赤面する。自分だけ騒いで バカみたいと思ったからだ。 そのルイズの反応を見て、アンリエッタ姫はティファニアの体を離して 椅子から立ち上がった。ワルドが無言でその後ろに従う。 「とりあえずの用事が済みましたから、わたくしは戻ります。ティファニア」 「は、はいっ!?」 名前を呼ばれて思わずかしこまるティファニア。 その表情に、アンリエッタ姫は笑いかける。 「良い返事を期待していますわ」 そう言うと、アンリエッタ姫はシエスタの家を後にした。 ワルドとアンリエッタ姫を乗せた風竜がタルブの村を飛び立ったのは それからすぐのこと。村長や銃士隊にはアンリエッタ姫が今日ここに 来たことは内密にするよう強く言い含められた。その理由を知っている シンは別格として、何をするのかを理解したエミリーは小さく溜息を ついたのは余談だ。 二人がいなくなったシエスタの家から、ルーリーもまもなく出て行った。 その背中に、あかぎは話しかける。 「ルリちゃんはどうする気?」 「……さあね。アタシももう年だ。けれど……」 そこでルーリーは立ち止まる。背中を向けたまま、彼女は続けた。 「誰かのために何かがしたい、というなら、まだ手伝えるかもしれないね。 失ったものはどうやっても戻っては来ないがね」 その言葉に、ティファニアも、マチルダも、揃って言葉が出なかった。 そうして見えなくなったルーリーのその背中に、明確な返事ができたのは あかぎだけだった。 「……確かに失ったものは戻ってこないわね。けれど、まだなくして いないものだったら、取り戻せるかもしれないわ。 そう思わない?みんな?」 「私には全然話が見えないんだけど」 あかぎの言葉にふがくがそう答える。そして、チハに視線を向けた。 「日本の鋼の乙女、ね。陸軍?どっかで会ったことなかった?」 ふがくにそう言葉をかけられて、チハは感極まった。自分が守ろうとして 守れなかったはずの妹。あのときとは雰囲気が少し異なっているけれど、 その姿は忘れようはずもない。 もしも時間軸が少しずれていれば、南方のどこかでともに戦っていたかも 知れない。だが、チハの知っているふがくは、あの硫黄島で再起動直前の 状態のまま米軍に破壊されたフガクだ。一言も言葉を交わしたこともなければ、 こうして向き合ったこともない。だから、チハはこう答えた。 「そうです。はじめまして。私は大日本帝国陸軍の鋼の乙女、九七式中戦車 チハです」 「チハちゃん……」 あかぎはチハの言の葉ににじみ出る寂しさを感じ取った。大戦中盤の ミッドウェイ海戦で戦没したあかぎは、大戦末期の硫黄島の戦いは知らない。 あかぎが知っているのは、終戦の日をその目で見た白田技術大尉から 聞いたことだけでしかない。鋼鉄の暴風と米軍が呼称した凄惨な戦いだった、 とか、日本の鋼の乙女はその戦いでほぼ壊滅した、とか。その程度のことだ。 陸軍の無理解に端を発する作戦の稚拙さからフィリピンで米軍に鹵獲され 連合軍として戦った期間が長かったとはいえ、チハは海軍のゆきかぜと 並んであの大戦を生き残った日本の鋼の乙女だったが、その話を聞く前に アンリエッタ姫が訪れてしまったのだった。だから、あかぎにはチハが 何故そんな寂しさを感じさせるのか、その理由はうかがい知ることが できなかった。 ふがくもチハの雰囲気が変わったことに気づいたが、それが何故なのかは 思い当たらなかった。どこかで会ったような気がする――記憶の片隅に 確かにおぼろげな形が見え隠れするものの、それを肯定する材料がない。 だから、ふがくも努めていつもと変わらない返事をする。 「そう。私はふがく。見てのとおり超重爆撃機型の鋼の乙女よ。 アンタも災難ね。こんなところに飛ばされて」 「確かにそうかも……。でも、そのおかげでテファと出逢えたです」 「チハ……」 チハはそう言ってにこりと笑う。それを見て、ティファニアもようやく さっきまでの緊張が解けた気分になった。 「ありがとう。そう言ってもらえると、すごく嬉しい」 「テファは大事なお友達です。テファがそう願ったから、私はテファの 力になることに決めたんです」 チハのその言葉には、確かな自信が込められていた。そんな二人を見て、 ルイズは疎外感に囚われる。 (――わたしだけ、何も知らないんだ……) さっきのアンリエッタ姫のことも、ワルド子爵のことも。 そして、今目の前にいるティファニアという少女とチハという鋼の乙女のことも。 さっきだってロングビル――マチルダの言葉に突っかかって駄々をこねて ここまで付いてきたけれど、結局何もできないばかりか時間を取らせて 何か取り返しの付かないことになってしまった。 そんなルイズの思いは、誰にも伝わることはなかった。伝えようとして いないのだから当然だ。ルイズは、自身のことをさらけ出すことが苦手だった。 それはそうできる相手がカトレアしかいなかったことと、育った環境が 大貴族の三女というものも大きかった。 しかし、思いは伝わらなかったが、そんなルイズの心の揺らぎを 感じ取った者はいた。あかぎと、ふがくだ。 「……何してるのよ?」 「え?あ……」 「あ、じゃないでしょうが!アンタが駄々こねて無理矢理付いてきたんだから、 何がしたいのかはっきり言えばいいじゃない」 「え……あ……ご、ゴメン……」 ふがくにそう言われて、ルイズは思わず謝った。そこにふがくが さらに続ける。 「わかんないことがあるんだったら、聞けばいいでしょうが! アンタ、まさか自分が何でも知ってるなんて思い上がってるんじゃない でしょうね?」 「そ、そんなことないわ。だって……さっきの姫様のことだって、 どうしてあんなことになっていたのか全然わからないし」 「それは私も気になったわね。あかぎ、何か知ってる?」 ふがくにそう問われて、あかぎは小さく溜息をついた。 「そうね。彼女は私の優秀な生徒、ということね。少し優秀すぎたかも 知れないわ」 「どういうこと?」 次にそう聞いたのはルイズ。あかぎは視線をティファニアに移してから、 続ける。 「ティファニアちゃんのお父様ね、アルビオンのモード大公殿下なの。 ルイズちゃんなら、これで話がつながるかしら?」 「……それって!?」 あかぎの言うとおり。ルイズにはそれだけで十分だった。 「つまり、姫様は、ウェールズ皇太子様の敵討ちをするおつもりなの……?」 「立派な大義名分ね。モード大公家を滅亡に追いやったテューダー王家が 滅んだ今、ティファニアちゃんは正当な、最後のアルビオン王位継承権を 持つから。ティファニアちゃんを旗頭にして、生き残った王党派を まとめ上げることができれば、アンリエッタ姫殿下はティファニアちゃんを 支援する名目でアルビオン本土奪還と王権復古に向けて堂々と兵を 向けることができるわ。トリステインにいるアルビオン王家の遠縁を 担ぎ出すよりもよっぽど効果的ね。そもそも、そうする気なら姫殿下 ご自身がテューダー王家の血筋でもあるわね。ただ、そうしてしまうと 今度はトリステインがアルビオンを併合するという余計な詮索を招くかしら。 ともあれ、そうやって今の共和政府の首魁クロムウェルを打倒する つもりなのね」 「無茶ね」 あかぎの溜息交じりの話を聞いて、ふがくは一刀両断した。 「兵力は今度のゲルマニアとの同盟でそっちも引っ張り出せば都合が 付くでしょうけれど、保有兵器に技術差がありすぎるわ。蒸気機関と 施条砲を実用化している国に、今のトリステインじゃ勝ち目はないわね ……私たちが手を貸さない限り」 「内戦でどこまで灰燼に帰してくれたか、というところね。それでも 厳しいわね。……さて」 そこまで言ってから、あかぎはもう一度ティファニアに向き直る。 「ティファニアちゃん」 「は、はいっ!」 名前を呼ばれてティファニアは思わず姿勢を正した。あかぎの表情は真剣。 それ故に、ティファニアも思わず息を呑んだ。 「あなたにその覚悟はあるかしら?アンリエッタ姫殿下にどう返事する つもりなのかしら?」 「え……あ……あの……」 ティファニアの声には明らかな迷いがある。あかぎも誰も先を促さない。 そうしてしばらく時間が過ぎて――ティファニアは意を決したように あかぎに告げた。 「わたし、自分にしかそれができないってことだったら、やります。 アンリエッタにも、そう返事します」 「いいのかい?テファ。今聞いただろ?あの姫様、テファを利用する だけかも知れないんだよ?」 マチルダはそう言って翻意を促すが、ティファニアは譲らなかった。 「そう。ルリちゃんもあなたがその気になったら手を貸すことを いとわないでしょうし、あなたも、そうでしょ?」 それを見て、あかぎはマチルダに視線を送る。マチルダはティファニアの 決断を内心苦々しく思ったが、それを顔に出したのは最小限に留める。 「あの姫様に手引きしたのはスピノザだろうし。あたしらかつての モード大公家の直臣三家が揃ってテファに手を貸すことは、どうせ織り込み 済みだろうしね。 ただ、あんたが見てのとおりテファは……」 「それについては心配することはないでしょうね。確か、魔法の中には 偽りの姿を与えるものもあったはずだし、何なら装身具として常に耳当てを 付けていてもそんなに違和感はないわね。姫殿下がそのあたりを見落とす はずがないもの」 「『フェイス・チェンジ』だね。『水』と『風』のスクウェアスペルだよ…… って、まぁ一国の姫がやる謀ならそれくらいは用意するか。気にくわないねぇ。 何から何まで掌で踊らされている感じだよ」 「それも政よ。とにかく、みんな、今日はうちに泊まって行きなさい。 夜も遅いし、村長と銃士隊には明日の朝、私から話をしておくわ」 「あ、あかぎさん。私とテファは、あのおばあさんのところにご厄介に なるってことに……」 チハが申し訳なさそうに言うと、あかぎは思い出したように舌を出す。 「あ、いけない。そういえばルリちゃんがそんなことを言っていたわね。 私もティファニアちゃんにお母さんのことを聞きたかったけれど、 それはまた今度にするわね」 「あたしも一緒に行くよ。少し話したいことがあるからね」 そう言ってマチルダもティファニアとチハと一緒にシエスタの家を 後にする。それを見送って、ルイズはぽつりとつぶやいた。 「……わけわかんない……どうして姫様がそんなことを……」 「宮廷に上がったことのないルイズちゃんには難しいかも知れないわね。 でも、アンリエッタ姫殿下も考えた上でのことだと思うわ」 理解できない風のルイズに、あかぎが言う。それを聞いてふがくが続けた。 「確かに。今の神聖アルビオン共和国、だっけ?この前のタルブの村 襲撃にも絡んでたみたいだし、近いうちにしかけてくるでしょうね。 その前に叩く、か……あかぎ、いったいあのお姫様に何を教えたわけ?」 ふがくの問いかけに、あかぎは目を伏せた。 「……戦略と戦術よ。海軍軍令部で実施していた対米戦に関する数々の 演習問題を、姫殿下は十二才の時にたった一年でものにしたわ。 私が休眠してからも、独学で研鑽を続けたみたいね」 「冗談でしょ?」 「姫殿下も、自分にできることが何か、を真剣に考えているのよ。 ずっと以前からね」 「その演習問題って、何のことなの?」 ふがくが呆れたような声を出したのに、ルイズが問いかける。 それに答えたのはふがくだ。 「簡単に言えば、自国の十倍の国力を持つ敵国に勝つための方法よ。 最初はこっちを甘く見て油断してるけど、本気になったらこっちの攻撃が 届かない造船所から毎日補助艦艇、毎週準主力艦、毎月主力艦を量産 してくるような国を相手にね」 それを聞いてルイズは言葉が出なかった。逆を言えば、あかぎやふがくの いた大日本帝国は、そんな国を相手に戦うための方法を考えなければ ならなかった、ということになるのだから。 「ふうん。面白いことになってきたわね」 そう言って、人形のような白い顔の少女は、手にした袋からオブラート (これもタルブの特産だ。ハルケギニアで祭祀に用いられる無発酵の薄焼き パンと同名だが、世間には『食べられる紙』として認識されている)に 包まれたキャラメルを一つ取り出して口に含む。銃士隊の出立ちをしているが、 髪は長く、一般の隊員とは違った風体。その鋭い翠眼は、『竜の道』 近くにある庵から離れない。 そこに後ろから声がかかる。少女が振り向くと、そこにいたのは純白の マントを纏い、金髪をショートカットにした少年のような風体の銃士――シンだ。 「それにしても、まさかキミがいるとはね。ジャネット」 「たまたまですわ。シン小隊長もお一つどうです?」 「ありがとう」 ジャネットと呼ばれた銃士は、そう言ってキャラメルの袋をシンに向ける。 シンは袋からキャラメルを一つ取り出すと、ぽいっと口に放り込んだ。 「うん。やっぱりアルビオンのタフィーもいいけど、タルブのキャラメルの 方がボクは好きだな。懐かしい味がする」 「小隊長のお国の味だったんですか?」 「ううん。違うよ。これはチハさんの国のお菓子だからね」 「そうなんですか……」 そう言って、ジャネットは再び視線を庵に向ける。彼女の興味は もうシンから離れていた。 ジャネットと呼ばれたこの少女。彼女はトリステイン王国銃士隊で 諜報活動を担う第八小隊の隊員であると同時に、ガリア王国の非公式 組織であるガリア北花壇警護騎士団でも凄腕で知られる『元素の兄弟』の 末妹でもある――が、それを知る者はここにはいなかった。 前ページ萌え萌えゼロ大戦(略)
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8377.html
前ページ次ページSERVANT S CREED 0 ―Lost sequence― 「エツィオ・アウディトーレ! 無事だったか!」 「サー」 エツィオによる『レキシントン』号爆破から三日後、 ほぼ機能停止となったロサイスから遠く離れた街、スカボローで、エツィオはヘンリ・ボーウッドと再会を果たした。 二人は固く握手を交わすと、ボーウッドは苦笑しながら首を振った。 「よしてくれ、ぼくはもう『サー』ではない」 「これは失礼を、シニョーレ。……ここは人目が多い、歩きましょう」 エツィオは一礼すると、ボーウッドを促し、歩き出した。 「聞いたか? ロサイスで大規模な爆発事故が起こったらしいぞ」 「ああ聞いたよ、なんでも、『レキシントン』号が突然火を吹いて大爆発したんだろ? 死傷者の数は計り知れないんだってな」 二人がスカボローの街を歩いていると、住民達の噂話が聞こえてきた。 二人は街を歩きながら、その噂話に耳を傾ける。 「議会議員がまた一人殺されたって話は聞いたか? ロサイス郊外の街道で、ジョンストン議員が変死体で見つかったそうだ」 「おいおい、本当か! これで何人目だ? 一体誰がそんな事を……」 「決まっている。『死神』の仕業だ」 「『死神』?」 「ワルド子爵を暗殺してのけた王党派のアサシンだよ。ロンディニウムの広場に堂々と現れても、誰も手出しできない凄腕だそうだ。 なんでも、ロサイスで行われた緊急会談、その最中に現れて、議員一人を殺ったって話だぜ。すげえのは会議の閉会まで、誰も気がつかなかったそうだ」 「アルビオンは大丈夫なのか? 建国からまだ三週間と経っていないのに……」 そんな噂話を聞いていたボーウッドは口を開いた。 「街は君の噂でもち切りだな」 「そのようで、……しかし爆発事故と言うのは?」 「兵達の士気を考慮してのことだろう、ロサイスを壊滅させ、貴族議会すら半壊させたのが、 たった一人のアサシンの仕業だと知られては、否でも士気は下がるだろうからな。 ……とはいえ、もはやそれも無駄だろうがね。『レキシントン』号を失ったのは奴らにとっては大きな痛手だ」 「はい、偶然とはいえ、ロサイスの機能も停止させることができました。貴方のお陰です、シニョーレ」 「いやなに、ぼくはなにもしていないさ。それにしても、まさか政府高官まで暗殺してのけるとは……恐ろしい男だな、きみは」 ボーウッドは苦笑しながら呟いた。 「旗艦をはじめとした主力艦を四隻、軍事工廠、司令官の死。クロムウェルにとって、この損失は計り知れない程の大打撃だ」 「これで、侵攻を少しでも遅らせることができればよいのですが」 「ふむ……、どうだろうな、『レキシントン』を含む艦隊を失ったとはいえ、まだ他の艦隊や竜騎士隊は健在だからね」 「兵達の士気は?」 ボーウッドはエツィオを見つめ、にやっと笑った。 「きみのお陰でひどいものさ、きみが身にまとう王家のマントはもはや、『王党派』ではなく、『死』の象徴となりつつある。 『白(アルビオン)の死神』、『王家の亡霊』。呼び名は様々だが、みなきみを恐れている。 貴族議会の馬鹿どもは、白のローブとフードの着用を禁止する法案を本気で考えている始末だ」 「随分と嫌われたものだ」 「兵達は戦々恐々だ、街の巡回にしたって、次は自分が殺されるのではないかといって隊から逃げ出す者も出ているそうだ。 ……まったく、我が祖国は、いつからこのような腑抜けになってしまったのだろうか」 眉をひそめてボーウッドは呟く。それから苦笑しながら頭をかいた。 「とは言え、つい先日までぼくもきみの事を恐れていたのだがな、こうして、泣く子も黙るアサシンと、共に街を歩いていることが不思議に思えてくるよ」 「奇遇ですね、私もそう思っていたところですよ」 二人は笑いあいながら、とある建物に入ってゆく。 そこはスカボローの港にほど近い場所にある宿屋であった。 その中にある部屋のドアの前に立ち、軽くノックをして扉を開ける。 すると部屋の中にいた女性が立ち上がり、二人を迎え入れた。 「初めまして、かしらね。ミスタ」 「まさか貴女が、エツィオの言う協力者とは思いもよりませんでした、ミス・サウスゴータ」 二人を出迎えた女性、マチルダはボーウッドと握手を交わす。 マチルダはにっこりと笑顔を浮かべて言った。 「亡命をすると聞いて、耳を疑いましたわ、ミスタ」 「はは、これ以上簒奪者に仕えるのは我慢ならなくなってね」 クロムウェルの側近の一人であるマチルダに、 ボーウッドは苦笑を浮かべながらエツィオを見つめた。 「なるほど、我々の動向が全て君に筒抜けだったのは彼女のお陰と言うわけか」 「その通りです、シニョーレ。彼女は心強い味方ですよ」 エツィオは笑みを浮かべると、ボーウッドに席を勧める。 ボーウッドが椅子に腰かけるのを見ると、二人は同じ様に椅子に座りテーブルについた。 「船の手配はどうだ?」 「問題ないわ、すぐにでも出発できるはずよ」 「ありがとう、助かったよ」 「まったく、結構難儀だったわよ」 そう言うと、マチルダは一枚の羊皮紙を取り出してエツィオに手渡した。 羊皮紙にはフードを被った男の姿が描かれている、果たしてそれは、エツィオの手配書であった。 「あいかわらず酷い絵だな、俺はもっと男前だぞ」 エツィオは苦笑しながら、手配書をテーブルの上に放り投げる。 エツィオに懸けられた懸賞額を覗き見てボーウッドは思わず目を丸くした。 「……これは驚いた、アルビオンの長い歴史の中でも、過去最高金額だな……」 「50000エキュー、数字だけならフィレンツェと並んだな……」 自分の首にかかった懸賞金が十倍に跳ね上がったというのに、エツィオはこともなげに首を竦めて見せた。 「それにしたってこの絵は無いな、懸賞金と一緒に絵描きの腕も上げてもらいたいもんだ」 「言ってる場合? 船長にそいつを運んでくれと言ったら、結構吹っ掛けられたんだよ?」 「だろうな……。そいつは信用できるのか?」 「金さえ払えばしっかり仕事をしてくれるわ、口も堅い、あれでも職業意識ってもんがあるみたいね」 「なるほど……念の為こちらでも金を用意した方がよさそうだな。クロムウェルの様子は?」 「それがね、見てて笑えるわよ、ロサイスの一件以来、宮殿の自室にこもって一歩も外に出てこなくなってしまったわ。 ほかの議員もほとんど同じね、みな自分の屋敷に閉じこもって怯えているわ」 「結構なことだ」 エツィオは口元に笑みを浮かべると、テーブルの上に金貨がたっぷりと詰まった袋を差しだした。 それはやはりというべきか、エツィオが先日強奪したアルビオン共和国の軍資金であった。 「これは報酬だ、手間賃も入ってる」 「どうも、受け取っとくよ」 それを受け取ったマチルダを見てボーウッドは首を傾げる。 「貴女は、彼に雇われているのですか?」 「協力関係、と言って欲しいですわね」 「失礼、いつから彼と?」 「全てお話すると長くなるのですが……彼女が『レコン・キスタ』に参加する前からの仲なのですよ、シニョーレ」 「……ああ、これは失礼、ぼくとしたことが、野暮なことを詮索してしまったようだ」 ボーウッドはにやっと笑うと、二人を見つめる。 マチルダは冷笑を浮かべ、エツィオを睨みつけた。 この男はそうとは思っていないだろう。こいつはそういう奴だ。 「いえ、お気になさらずシニョー……あたっ!」 マチルダのそんな冷たい視線を知ってか知らずか、エツィオはにっこりとほほ笑んだ。 マチルダはエツィオの頭を叩くと、仕方がないとばかりに、これまでのいきさつをボーウッドに話して聞かせた。 「なるほど……それで彼と……」 「一応、彼には命を救われましたから。それに、彼を敵に回すことの恐ろしさを知っている、というのもあるでしょうか」 「ははは、ぼくも彼の恐ろしさを身を持って思い知ったばかりでね、出来ればもっと早く教えてほしかったよ」 マチルダがそう言うと、ボーウッドは豪快に笑って見せた。 マチルダは窓の外にちらと視線を送る。日はとっぷりと暮れ、空には二つの月が浮かんでいる。 「……そろそろ約束の時間ですわね、行きましょう」 マチルダはフードを目深に被ると、二人を促し立ち上がる。 宿を後にした三人は、トリステインへ向かう密航船が待つ、港の一角へと向かって行った。 人気のない、夜のスカボローの港の片隅に、一隻の古い小型のフリゲート船が停泊している。 船から降ろされたタラップの前で、船長と思わしき男と、フードを目深に被ったマチルダが交渉をしていた。 やがて交渉が終わったのか、マチルダは船長に金貨がたっぷり詰まった袋を手渡す、 船長は満足そうに頷くと、そそくさと船の中に入り出航の準備を始めた。 マチルダはそれを見送ると、こちらに近づいてきた。 「話はついたわ、さ、乗って」 「すまないな。ずっときみに世話になりっぱなしだ」 「ふん……、こっちも金を貰ってるからね」 エツィオはマチルダの顎を持ち、なにやら切なそうな表情を浮かべた。 「しばらくの間、きみに会えないのか……胸が張り裂けそうだ」 「何言ってんだか。はやくご主人様んとこに戻ってやんな」 「名残惜しいが……きみの姿を目に焼き付けてから行くとするよ」 マチルダと唇を合わせ、エツィオは真剣な表情になった。 「それじゃ、きみは引き続き調査を続けてくれ、何か動きがあったらすぐに連絡を。……くれぐれも無理はしないでくれ、いいな」 「わかってるよ……それじゃ」 するり、とマチルダからエツィオの腕が離れる。 マチルダはすぐに踵を返すと、闇の中へと消えて行った。 タラップを登り、船に乗り込む、すると先に乗っていたボーウッドがにやっと笑い、肩を竦めた。 「驚いたな」 「彼女のことですか?」 「いや、昔から英雄色を好むとあるが、どうやらきみもまた例外ではないようだね」 「こればかりは性分でして、どうにもならないですよ」 エツィオも甲板に寄り掛かりにやりと笑う。 ボーウッドも同じように甲板に寄り掛かると、エツィオを見た。 「気風だけをみると、きみはロマリア人のようだが……、どこの生まれだ?」 「フィレンツェです」 「フィレンツェ……すまない、聞いたことがないな」 「でしょうね、遠いところですよ」 エツィオは徐々に離れゆくアルビオンに別れを告げながら答えた。 「そんな遠いところから来たきみが、なぜアルビオンに?」 「いろいろありましてね、今はとある人物に仕える身です」 「とある人物……それを尋ねることは野暮と言う物だな」 「感謝します、シニョーレ。……アルビオンに来た理由は、その随伴です」 「随伴でここに? その主人はどうしたのかね?」 「一足先にここを離れました、私はその後始末ですよ。……とはいえ、ここまでする予定ではありませんでしたし、 その後始末自体、主人の知るところでもありません」 「主人の命ではない?」 「はい、全て私の判断です。加えて言うと、主人は、私が『アサシン』であることを全く知りません」 その言葉を聞いてボーウッドは言葉を失った、 この男は、主人に命じられるまでもなく、自己の判断で全ての暗殺を実行してきたというのか。 「なるほど……、きみのようなアサシンを配下に置く人物か、なんともうらやましい限りであり……恐ろしい限りだ」 「戦の遅延を目的とした暗殺、それらは全て"後始末"のついでにやったことです。私自身、クロムウェルが気に入りませんからね」 「それでは、なぜクロムウェルを暗殺しなかったんだね?」 「そこです」 ボーウッドが尋ねると、エツィオは真剣な表情になった。 「奴のもつ力は、マジックアイテムによる偽りの力です、それゆえ、奴を消したとしても、 同じようなアイテムを使い、第二第三のクロムウェルが現れるかもしれない」 「なるほど……今はまだその時ではない、と」 「はい。それと、これは私の勘ですが……。この反乱、何か裏があると思えてならないのです」 「裏?」 「メイジではない平民の男が、『死者を蘇らせる』とはいえ、たった一つの指輪だけで、 僅か数カ月かそこらで、あそこまで勢力を拡大し、王家を滅ぼした……。全てがあまりに急すぎる、話が出来すぎているのです」 「確かに……あの反乱は瞬く間に広がった。王家に不満を持つ貴族など、決して多くはなかったのに……」 ボーウッドも、感じ入るものがあったのか、顎に手を当てて考え込む。 「……クロムウェルという男自体は、名のある人物なので?」 「いや、この反乱が起こるまで、聞いたことがなかったな、なんでも、元は一介の司教だとか……」 「なるほど……。とはいえ、今はまだ情報が足りません、まだ奴には生きてもらわなくては。奴を消すのは、それからでも遅くはない」 「……全く、きみは本当に恐ろしい男だな。一国の皇帝を暗殺するなんて、普段は冗談か何かだと思うのだが。……きみが言うと、とても冗談とは思えないよ」 エツィオのその言葉に、ボーウッドは苦笑いを浮かべた。 「さて、こうしてアルビオンから離れたはいいが、トリステインに到着したらきみはどうするのかね?」 「到着次第、トリスタニアへ同行します。私は王宮へ行き、姫殿下に事の報告と貴方の亡命の申請を行ってきます」 「きみは姫殿下に目通りできるのかね?」 「面識は一度だけありますが、確実に門前払いでしょうね」 首を振って見せたエツィオに、ボーウッドは首を傾げた。 「ではどうやって……。まさか……」 「決まっています。忍び込むんですよ」 数日後……。こちらは、トリステインの王宮。 アンリエッタの居室では、女官や召使が、式に花嫁がまとうドレスの仮縫いでおおわらわであった。 大后マリアンヌの姿も見えた。彼女は純白のドレスに身を包んだ娘を、目を細めて見守っていた。 しかし、アンリエッタの表情はまるで氷のよう。仮縫いのための縫い子達が、袖の具合や腰の位置などを尋ねても、曖昧に頷くばかり。 そんな娘の様子を見かねた大后は縫い子達を下がらせた。 「愛しい娘や。元気がないようね」 「母さま」 アンリエッタは母后の膝に顔をうずめた。 「望まぬ結婚なのは、わかっていますよ」 「そのようなことはありません。わたくしは幸せ者ですわ、生きて結婚することができます。 結婚は女の幸せと、母さまは申されたではありませんか」 その言葉とは裏腹に、アンリエッタは美しい顔を曇らせて、さめざめと泣いた。 マリアンヌは、優しく娘の頭を撫でた。 「恋人がいるのですね?」 「『いた』と申すべきですわ。速い、速い川の流れにながされているような気分ですわ。すべてがわたしの横を通り過ぎてゆく。 愛も、優しい言葉も、なにも残りませぬ」 マリアンヌは首を振った。 「恋ははしかのようなもの。熱が冷めれば、すぐに忘れることができますよ」 「忘れることなど、できましょうか」 「あなたは王女なのです、忘れねばならないことは、忘れねばなりませんよ。 あなたがそのような顔をしていたら、民は不安になるでしょう」 諭すような口調で、マリアンヌは言った。 「わたしは、なんのために嫁ぐのですか?」 苦しそうな声で、アンリエッタは問うた。 「未来の為ですよ、民と、国と、そしてあなたの」 「わたしの?」 「アルビオンを支配する、レコン・キスタのクロムウェルは野心豊かな男。聞くところによると、かの者は『虚無』を操るとか」 「伝説の系統ではありませぬか」 「そうです、それがまことなら恐るべきことですよ、アンリエッタ。過ぎたる力は人を狂わせます。 不可侵条約を結んだとはいえ、そのような男が、空からおとなしくハルケギニアの大地を見下ろしているとは思えません。 軍事強国のゲルマニアにいたほうが、あなたのためでもあるのです」 アンリエッタは、母を抱きしめた。 「……申し訳ありません、わがままを言いました」 「いいのですよ。年頃のあなたとって、恋は全てでありましょう、母も知らぬわけではありませんよ」 母后が退出し、居室に一人になったアンリエッタは、椅子に腰かけ、ぼんやりとしていた。 「全ては……未来のため……」 小さく呟き、机の上に置かれた薔薇が差してある花瓶へと視線を送る。 ついと立ち上がり、薔薇を一輪手に取ると、アンリエッタは花弁を一枚、はらりと落とした。 「愛している……」 今は亡きウェールズの面影を思い浮かべながら、もう一枚花弁を落とす。 「愛していない……」 そうやって、一枚花弁を落とすたびに、呟く。 「愛している……、愛していない……」 はらりはらりと花弁を落としながら、物思いにふけっていると、窓の方からきいっ……という音がした。 アンリエッタは、はっと顔を上げ、音の気配がした方向に振り向いた。 「……! あなたは……!」 「ああ続けて、邪魔をするつもりはない」 アンリエッタはそこに立っていた人物を見て言葉を失った。 いつの間に入り込んでいたのだろうか、そこには、見覚えのある男が一人佇んでいた。白のローブを纏い、フードを目深にかぶった男。 その男には見覚えがある、確か彼は……。 「ルイズの使い魔の……! どうして……! いえ、生きておられたのですか!」 「はい、ルイズ・フランソワーズが使い魔、エツィオ・アウディトーレ、只今アルビオンより帰還いたしました」 アンリエッタが驚いた声で尋ねると、エツィオはフードを外し、恭しく片膝をついた。 「どうやって……、いえ、なぜここに?」 「殿下の居室に踏み入れたこと、どうかお許しを、ですがこれもトリステインの危機をお知らせするため」 「トリステインの危機?」 「はい、私がアルビオンで見聞きしたことをご報告に上がりました」 困惑するアンリエッタに、エツィオは深く頭を垂れた。 「まずは殿下にご覧になっていただきたいものが……こちらを」 エツィオは懐から一枚の羽根を取り出し、アンリエッタに差しだす。 アンリエッタはそれをおずおずと受け取ると、それを見つめた。 元は純白の羽根だったのであろうそれは、なにやら根元から赤黒く変色してしまっている。 アンリエッタは首を傾げると、エツィオに尋ねた。 「羽根? これは……?」 「裏切り者の血です」 「裏切り者の? ……まさか!」 その言葉が意味するところを知ったのだろう、アンリエッタは驚きのあまり、思わず羽根を取り落としてしまった。 エツィオは、淡々とその後を引きとる様に言った。 「ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドは、犯した罪に相応しい末路を迎えました」 「子爵は……あの裏切り者は、死んだということですか?」 アンリエッタが信じられないと言った様子で口元を押さえた。 「はい、それが証拠の羽根でございます、殿下」 エツィオは膝をついたまま、淡々とした口調でアンリエッタに事の次第を報告をした。 ルイズ達と別れ、一人アルビオンに残っていたこと。 スカボローで行われた王党派残党の公開処刑、その式典の最中、ワルドを暗殺したこと。 しばらくアルビオンにて諜報活動を行っていたこと。 最初は驚いていた様子のアンリエッタであったが、エツィオの報告が終わるころには、幾分か落ち着きを取り戻していった。 「正直に申します……人の死を、これほど喜ばしく思う日がこようとは……。夢にも思いませんでした」 事の顛末を聞いたアンリエッタは、切なげにため息をつくと、悲しげな、それでいて安心したかの様な笑顔を浮かべた。 「……私もです」 「ルイズの使い魔さん……、いえ、エツィオ・アウディトーレ、ウェールズさまの仇を討って下さったことに、感謝の言葉もありません。 よくぞ……よくぞ討ち果たしてくれました」 「恐れ入ります」 それからアンリエッタはエツィオを見つめ首を傾げた。 「して、先ほどあなたはトリステインの危機と申しましたが、それは?」 「はい、先日締結された不可侵条約、それは全てまやかしでございます、殿下。彼らはすぐにでも攻め込む気でいるでしょう」 「そんなっ……!」 「ゲルマニアとの同盟がまとまりきる前に彼らはこの国を制圧する気でいます。 今はアルビオン国内で混乱が起きているためなんとか時間は稼げているはずですが、軍の再編が済み次第、彼らは攻め込むでしょう。……こちらを」 言葉を失い、呆然と立ちすくむアンリエッタにエツィオは一枚の羊皮紙を取り出すと、アンリエッタに手渡した。 アンリエッタはそれを手に取ると、その書類に目を通し、絶句した。 書面には、アルビオンの企む『親善訪問』の概要が、事細かに書かれていた。 「これは誰が書いたのですか?」 「一人、アルビオンから亡命を希望している者がおります、その者がしたためた書面でございます、殿下」 「その者とは?」 「現政権に不満を持っている、アルビオン空軍旗艦、『レキシントン』号の元艦長でございます、私の説得に応じてくれました。 先ほど申した通り、今はトリステインに亡命を申し出ております」 「……信用できるのですか? その男は」 「はい。万一裏切るようであれば、その時は奴の首をこの手で切り裂き、私の命も捧げましょう」 きっぱりと言い切ったエツィオに、アンリエッタは、しばらく考えるかのように顔を俯かせる。 そしてきっと顔を上げると、扉の方を見て衛兵を呼びつけた。 「衛兵!」 「はっ……! なっ! き、貴様! 一体どこから入った!」 アンリエッタの呼び出しにすぐさま部屋の中へ飛び込んだ衛兵は、部屋の中に佇んでいた侵入者に、 目を吊り上げながら、腰に差した杖を突きつける。 「やめよ! 彼はわたくしの大事な客人です!」 「は……、はっ!」 「すぐに将軍達を集めて、これよりアルビオンに対する軍議を行います」 「はっ、畏まりました!」 アンリエッタはそんな衛兵を窘めると、将軍達を招集するように命じた。 衛兵は敬礼すると、すぐに踵を返し将軍達を召集すべくアンリエッタの居室を退出する。 衛兵を見送った後、アンリエッタは机の上の羊皮紙に羽ペンで、さらさらと手紙をしたためると、花印を押し、エツィオに手渡した。 そこには城へ入ることを許可するという文面が記されていた。 「亡命を希望する者にお渡しください、直接伺いましょう」 「ありがとうございます。殿下、最後にもう一つ」 エツィオは深々と頭を下げると、懐から一つの指輪を取りだし、アンリエッタに差しだした。 「これを、友の……ウェールズ殿下の形見でございます」 「これは、風のルビーではありませんか、預かってきたのですか?」 「はい、手渡してくれ、と」 本当は斃れたウェールズの指から抜いてきたものなのであったが、エツィオはそう言った。 すこしでも、彼女の慰めになれば、と思っての事だった。 アンリエッタは風のルビーを指に通した。ウェールズがはめていたものなので、アンリエッタの指にはゆるゆるだったが……、 小さくアンリエッタが呪文を呟くと、指輪のリングの部分が窄まり、薬指にぴたりとおさまった。 アンリエッタは、風のルビーを愛おしそうに撫でた。それからエツィオのほうを向いて、はにかんだような笑みを浮かべた。 「なにからなにまで……、いくらお礼を申し上げても足りないくらいですわ」 寂しく、悲しい笑みだったが、エツィオに対する感謝の念がこもった笑みだった。 その笑みを見つめると、エツィオは再び頭を垂れ、呟いた。 「殿下、ウェールズ殿は、勇敢に戦い、そして立派に討ち死になさいました。それだけは間違いありません」 「……はい、わかっております」 「ウェールズ殿の魂は、その指輪……貴方と共にあります。 故に、この先、どのような事が起きようとも、それはウェールズ殿の真意ではありません。決して惑わされぬよう、お気を付け下さい」 「それは……どういう意味でしょうか?」 「それは……」 エツィオはウェールズが蘇ったことを明かすべきか迷った、クロムウェルによって死体を動かされているに過ぎないとはいえ、 ウェールズは彼女の想い人である、このトリステインにとって大事な時期に、彼女の心を乱すわけにはいかないだろう。 エツィオは唇を噛みしめると、呻くように呟いた。 「申し訳ない、今は……お伝えすることができません。今言えることは、クロムウェルはウェールズ殿下の名を使い、なにかを企んでいるということです」 「……わかりました。彼らの企みに決して惑わされぬと、この指輪に誓いますわ」 アンリエッタは、指光る風のルビーを見つめながら、言った。 それからエツィオを見つめ、ほほ笑んだ。 「あなたのこの度の働きには、いくら感謝を述べても足りないくらいですわ、本来ならば恩賞を与えるべきなのだけれど……。なにかお望みはあるのかしら」 「恩賞など……、では一つだけ、お願いしたいことが」 首を傾げるアンリエッタに、エツィオは人差し指を立てる。 「私の存在は内密にしていただきたい、望むことはそれだけでございます」 「それだけですか? 他になにも望まぬと?」 驚くように言ったアンリエッタに、エツィオは頷いた。 「はい、裏切り者が城内にいる可能性を鑑みると、私の存在が明るみになれば、いろいろと面倒になるでしょう、 それゆえ、くれぐれも私のことを口外なさらぬよう、是非ともお願いしたいのです」 「わかりました……、あなたがそれを望むなら、その通りにしましょう」 「ありがとうございます、殿下」 「わたくしのお友達は、本当に良い使い魔を持ったようですね」 「もったいなきお言葉、使い魔として当然のことをしたまでです」 微笑むエツィオに、アンリエッタは左手を差しだす、エツィオは手の甲に唇を落とし、一礼する、 そしてフードを目深に被ると、入ってきた窓へと歩を進めて行った。 そして窓の淵に足をかけた、その時、あの……と、アンリエッタがエツィオを呼びとめる。 その呼び声に振り返ったエツィオに、アンリエッタは首を傾げて尋ねた。 「そう言えばあなたは……、あなたは一体何者なのですか?」 「あなたの親愛なる友人、ルイズ・フランソワーズの使い魔ですよ、殿下。では……」 正体を尋ねるアンリエッタに、エツィオはニヤリと笑みを返すと、窓の淵から空へと向かい、大きく飛翔するように飛びだした。 「まさか本当にトリステインの王宮に。しかもアンリエッタ王女の部屋にまで侵入するとはね……」 呆れと驚きが混じったような声を上げたのは、ヘンリ・ボーウッドであった。 トリスタニアの城下町にある一件の宿屋、その一室で待っていた彼は、戻ったエツィオから事の次第を聞いて、目を丸くしていた。 「何度も思ったが……本当にきみは恐ろしいな。きみに暗殺できない人間はいないんじゃないか?」 「まだ修行中の身ですよ、シニョーレ。それに今回の目的は暗殺じゃない」 「そうだったね、それで、麗しの姫殿下のお部屋の中はどうだった?」 「ええ、甘い香りで頭が蕩けてしまいそうでしたよ」 「はっはっは! うらやましい限りだな!」 冗談を言い合い一しきり笑いあうと、エツィオは真剣な表情に戻った。 「さて、シニョーレ、冗談はここまでとして……、これを」 「うむ……」 そう言うと、エツィオはボーウッドに一枚の羊皮紙を手渡した。 それは先ほどアンリエッタがしたためた、王宮への入城と身分の保護を認める書簡であった。 ボーウッドはやや緊張した面持ちでそれを眺めると、大事そうに懐にしまい込んだ。 「城門の衛兵に見せれば、案内してもらえるでしょう」 「何から何まで、すまないね」 「いえ……、それよりシニョーレ、別れる前に一つ頼みたいことが」 「何かな?」 「私がアサシンであること、そしてウェールズ殿下が蘇った事は、全て内密に願いたいのです」 「それはどうしてだ? きみがアルビオンで挙げた成果は計り知れないのだぞ?」 エツィオの口止めに、ボーウッドは驚いたように顔を上げた。 「殿下が蘇ったと知れば、アンリエッタ姫殿下は確実にお心を乱すでしょう、 一応釘は差しましたが、興し入れの前にそれだけはなんとしても避けるべきかと。 それと……、これは個人的な事ですが、私がアサシンであることは、主人にも知られていないこと、 王宮の人間に知られるのは好ましい事とは思えません、どうかご理解を、シニョーレ」 エツィオの言うことに一理あると考えたのか、ボーウッドはしばらく考えると、頷いた。 「わかった、その通りにしよう」 「感謝します。そうだ、あと……」 エツィオはそう言うと、ボーウッドの耳元で、二言三言口にした。 「ふむ……なるほど」 「不意を打つ相手なら、こちらも相応の手で応じるべきかと……もっとも戦略は門外漢、頭の片隅にでも」 「いや、面白い考えだ、検討しておくとするよ」 ボーウッドがにっこりとほほ笑むと、エツィオは右手を差しだした。 「シニョーレ、貴方とはここでお別れです、後のことはよろしくおねがいします」 「世話になったね、ここからはぼくの仕事だ」 ボーウッドはその手を握りしめ、二人は固く握手を交わした。 ボーウッドは苦笑を浮かべながら頭をかいた。 「こういうのもなんだが、最初は敵対していた者同士だったとはとても思えないな」 「不思議な物です。……さて、私はそろそろ主人の元に帰るとします、癇癪を起されては堪りませんからね」 そんなエツィオにボーウッドは肩を竦めて笑った。 「はてさて、死神が帰る場所とは一体どこだろうね。まさか冥府ではないだろう?」 「ええシニョーレ、『楽園』ですよ。私にとってはね。……では、縁があればまたお会いしましょう」 「ああ、またきみと会える日を楽しみにしているよ」 そう言うとボーウッドは城へ向かうべく歩き出す、その姿をしばらくの間見送ると、 エツィオも踵を返し、主人の元へ、トリステイン魔法学院に戻る為に歩き出した。 一方、トリステイン魔法学院では……。 オスマン氏は王宮から届けられた一冊の本を見つめながら、ぼんやりと髭を捻っていた。 古びた皮の装丁がなされた表紙はボロボロで、触っただけでも破れてしまいそうだった。 色あせた羊皮紙のページは、色あせてくすんでいる。 ふむ……、と頷きながら、オスマン氏はページをめくる。そこにはなにも書かれてはいない。 およそ、三百ページぐらいのその本は、どこまでめくっても、真っ白なのであった。 「これがトリステイン王室に伝わる、『虚無の祈祷書』か……」 六千年前、始祖ブリミルが神に祈りをささげた際に詠みあげた呪文が記されていると、伝承には残っているが、 呪文のルーンどころか、文字さえ書かれていない。 「まがい物じゃないかの?」 オスマン氏は、胡散臭げにその本を眺めた。偽物……この手の『伝説の品』にはよくある話だ。 その証拠に、一冊しかない筈の『始祖の祈祷書』は各地に存在する、金持ちの貴族、寺院の司祭、各国の王室……。 いずれも自分の『始祖の祈祷書』が本物だと主張している。それらを全部集めると、図書館ができると言われているくらいだ。 「しかし、まがい物にしたって、酷い出来じゃ、文字さえ書かれておらぬではないか」 オスマン氏は、各地で幾度か『始祖の祈祷書』を見たことがあった。ルーン文字が踊り、祈祷書の体裁を整えていた。 しかし、この本には文字一つ見当たらない、これではいくらなんでも詐欺ではないか。 そのとき、ノックの音がした。オスマン氏は秘書を雇わねばならぬな、と思いながら、入室を促した。 「鍵はかかっておらぬ、入ってきなさい」 扉が開いて、一人のスレンダーな少女が入ってきた。桃色がかかったブロンドの髪に、大粒の鳶色の瞳。ルイズであった。 「わたくしをお呼びと聞いたものですから……」 「おお、ミス・ヴァリエール。待っておったよ。身体の調子はどうかな?」 ルイズは言った。オスマン氏は両手を広げて立ち上がり、この小さな来訪者を歓迎した。 「はい……大分楽になりました、今は授業にも出ています」 「ふむ、大鷲は……まだ帰って来てはおらぬようじゃな」 「……はい」 表情を曇らせ、弱弱しい声で答えたルイズに、察したようにオスマン氏は言った。 「そんな顔をするでない、ミス・ヴァリエール。大鷲は必ず帰ってくるとも」 優しい声で、オスマン氏は言った。 「さて、今日お主に来てもらった件なんじゃが……」 オスマン氏の言葉に、ルイズは首を傾げた。 一体何の用だろう、と思っていると、オスマン氏は手に持っていた『始祖の祈祷書』をルイズに差しだした。 「これは?」 ルイズは、怪訝そうな顔でその本を見つめた。 「始祖の祈祷書じゃ」 「始祖の祈祷書? これが?」 王室に伝わる、伝説の書物。国宝のはずだった。どうしてそれをオスマン氏がもっているのだろう。 「お主も知っての通り、来月にはゲルマニアで、王女とゲルマニア皇帝との結婚式が執り行われる予定となっておる。 それでじゃな、トリステイン王室の伝統で、王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意せねばならんのじゃ。 選ばれた巫女は、この『始祖の祈祷書』を手に、式の詔を詠みあげる習わしになっておる」 「はぁ」 ルイズは、そこまで宮中の作法に詳しくはなかったので、気のない返事をした。 「そして姫は、その巫女に、ミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ」 「姫さまが?」 「その通りじゃ。巫女は式の前より、この『始祖の祈祷書』を肌身離さず持ち歩き、詠みあげる詔を考えねばならぬ」 「ええっ! 詔をわたしが考えるんですか!」 「そうじゃ。もちろん、草案は宮中の連中が推敲するじゃろうが……。 伝統と言うのは、面倒なもんじゃの。だがな、姫はミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ。 これは大変に名誉なことじゃぞ。王族の式に立会い、詔を詠みあげるなど、一生に一度あるかないかじゃからな」 アンリエッタは、幼いころ、共に過ごした自分を巫女役に選んでくれたのだ。 ルイズはきっと顔をあげた。 「わかりました。謹んで拝命いたします」 ルイズはオスマン氏の手から『始祖の祈祷書』を受け取った。 オスマン氏は目を細めて、ルイズを見つめた。 「快く引き受けてくれるか。よかったよかった。姫も喜ぶじゃろうて」 「はあ……」 オスマン氏から受け取った『始祖の祈祷書』を手に、ため息を吐きながら、ルイズは自室へと戻るべく歩いていた。 勢いで受けてしまったものの……、こんなに暗く沈んだ気分で詔など浮かぶのだろうか……。 アルビオンから帰ってきたその日から、ルイズの気持ちは深く沈んだまま、なにも変わっていない、ずっと胸がちくちくと痛み、ルイズを苛む。 「エツィオ……」 ルイズは思わず自分の使い魔の名前を呟いていた。 そう、使い魔だ、あの日、アルビオンに一人残ったエツィオの事を考えるだけで、胸の奥がキリキリと痛み、悲鳴をあげる。 彼が帰ってこない限り、この心にかかった暗雲は、決して晴れることはないのだ。 一度エツィオの事を考えると、ルイズの気分はますます深く沈んでゆく。そうして歩いていると、いつの間にか自分の部屋の前まで辿り着いていた。 ぐすっ……と鼻を啜り、いつの間にか目に溜まっていた涙をごしごしと拭う。 とりあえず、受けてしまったものは仕方がない、精いっぱい素敵な詔を考えなくては、 そう思いながら、ドアの鍵を開け、扉を開けた。 「おや?」 懐かしい、どこか人を小馬鹿にしたかのようなとぼけた声。 扉を開けたルイズの目に飛び込んできたのは、開けっぱなしの窓から入る風に翻る一枚のマント。 次いで目に入ってきた、白のローブを纏った一人の青年を見た時、ルイズは溢れる涙を止められなくなった。 「エツィオぉ……」 もっていた『始祖の祈祷書』を取り落とし、顔を涙で濡らしながら、ずっと待ち続けた使い魔の名前を呼ぶ。 名前を呼ばれた使い魔は、ついと振り返ると、いつもルイズに見せていた、からかうような、子供っぽい笑みを浮かべた。 「やあルイズ。なんだ? この部屋の散らかりようは、まるで戦場だな。掃除するのは誰だと思ってるんだよ」 衣服や食器、果ては下着までもが散乱した部屋を見渡しながら、エツィオはニヤリとうそぶいた。 そんな余裕たっぷりの使い魔の態度に、腹立たしいやら嬉しいやら、様々な気持ちがごちゃ混ぜになって、ルイズはエツィオを怒鳴りつけた。 「どこにっ! 今までどこ行ってたのよッ!」 「アルビオンさ、道に迷ってね、ついさっき戻ってきたんだ」 「ふ、ふざけないで! あんたっ! わ、わたしがっ……わたしがどれだけっ……、どれだけ心配したと思って……!」 最後の方は、もう言葉にならなかった。 ルイズの目頭から、大粒の涙がぽろっと流れた、それがきっかけとなり、ルイズはぽろぽろと泣きだしてしまった。 「勝手に、勝手にいなくならないでよ。ばか、きらい」 エツィオは、優しい笑みを浮かべると、泣いているルイズの目頭を指先で拭った。 「悪かったよ、だから泣かないでくれ、ルイズ」 「ばか、知らない、だいっきらい」 ルイズはますます強く泣き始め、エツィオの身体にもたれかかった。 エツィオの胸板を拳で叩きながら、ぐずるルイズの頭を、エツィオは優しく撫でてやった。 「相棒は泣く子も黙る凄腕の……、はずなんだけどなぁ」 傍らに立てかけられたデルフリンガーがそんなエツィオの様子を眺めて呆れたように言った。 エツィオはそんなデルフリンガーをちらと視線を送り、軽くウィンクすると、改めてルイズを見つめた。 「すまなかったな、心配をかけた」 「もう、もう戻ってこないのかと思った……。怖かった、不安だったんだから」 ルイズは顔をぐしぐしとエツィオの胸に押しつけると、上目づかいにエツィオを見つめた。 「もう……いなくならない?」 いつか、ニューカッスルの廊下で聞いた、その言葉。 エツィオは優しい頬笑みを浮かべると、ルイズの額に唇を落とし、呟いた。 「いなくならないよ。……ただいま、ルイズ」 前ページ次ページSERVANT S CREED 0 ―Lost sequence―